19時52分。
大量の人とともに△△駅の改札を抜けた。
多くの人が乗換え駅に足を向ける。
この時、私は何を考えて従っていたのだろう?
何の疑いも持たずにこの列に加わって行進をした。
乗換え駅までは、徒歩3分程度。
会社を出てから約2時間。
思えば、ずっと立ちっぱなしだった。
ひざから下が重い。こんなことなら、もっと普段から鍛えておくべきだった。
いつもの路線は回復しているだろうか?
「さすがに回復しているんだろう」程度の覚悟しかなかった。
ところが。
到着した乗換え駅は人でごった返していた。
大勢の人垣を目にした時に心の中で舌打ちをした。
「どーして、向こうの改札を出るときに確認しなかったのだろう」
気が動転していたのか、いや。
何も考えていなかったのだ。
いつもとは使い勝手の違う振替輸送の路線で不安だったので、ただただ、確認に気が回らなかったのだ。
手の中にはすでに天下の宝刀「振替輸送チケット」は握られていない。
どっちかの路線が動き出すまで、ここに足留めとなった。
駅のホームでもなく、電車の中でもなく、駅のコンコースの中でさえない、ただの路上で、烏合の衆というには憐過ぎる点の一つになってそこに留まる他はなかった。
あっちこっちで、携帯電話が鳴り、会話し、ぼそぼそとグチも聞こえてくる。
私は仕方なく、前のおっさんの後頭部を見つめてぼぅっと立っているしかない。
iPodがあったので、耳は音楽で塞げる。
何曲目かを聞いて、もうどうでも良くなって周囲の景色を見る気にもならない頃、いきなり背中をどつかれた。
「!!」
なんだよ?怒気いっぱいの目で後を振り返る。
そんな押しかたはないじゃぁないか。
ただ、立っているだけじゃないか。
悪いか?
だったら、立たせているほうはどうなんだ?
「!!!!」二波目。
なんだよ?
後に立つ学生風の兄ちゃんは睨まれて、視線を逸らす。
あんただよなー?おばちゃん怖いゾ。退屈してるから・・・(微笑)
しかし、私はすぐ理解した。
振替輸送の駅からまた乗客が押出されてきたのだ。
この路上に立っていても、隙を詰めるよう、押出される。
歩いて3分のはずの改札からはみっちり人が押出されてきている。
あっちの路線、そうとうダメージが大きい。
では、こちらはどうか?
少しは前のほうで何かされているのか?
こちらの改札では駅員が人に囲まれている。
その手に振替乗車券があるわけでもなさそうだ。
そりゃそうだ。
2線が乗入れをしている、その両方とも止まっているのだ。
振替を・・・というのは何に振替を意味するのか。
後からの圧力を感じつつ、少し前にも詰め寄り、おとなしく、愚民らしく立ち続ける。
「おぉぅ!」
「※△って言ってるだろぉ!」
軽快な音楽の向こうで争う声が聞こえる。
駅員を囲んでいる男性の一人が駅員に詰め寄る。
やがて、悲鳴とともに前からずるずると列が下がってきた。
え?なんだ?隣に立つオジサンと顔を見合わせる。
あと10cm身長があれば、もう少し見渡しが利くのに。
後に下がりつつも、ツマ先立ちしているが、何が起きたかまでは見えない。
「てめぇ!」
怒号が聞こえたのは確かだ。
なんだ。喧嘩か。
再び列が同心円状に下がる。
大友なんちゃらの「童夢」で見た壁が崩れるシーンに似ていた。
人垣がドミノの駒のように後に下がる。
ドミノ倒しで怪我をする話はよく聞く。圧される前に上手く逃げなきゃ。
私は足元に小さく見える路面から路肩のブロックを避けながら一段上って、前を見た。
円の中心は駅員の首元に手をかけるオジサン。
もう一人の駅員と別のおじさんが双方をひっぺがしにかかっている。
殴ったか?
灯の下とは言え、怪我の様子はわからない。
手をつけているオジサンはまだ2発目をぶん回しそうな勢いだ。
「いい加減にしろ。何が、わかんねーんだよ!おめーらが走らせてんじゃねーか!!」
酔っているか?
ま。ま。ま。いいから、離れて。
そう言われて、離されかかっていた。
人ごみの後でスピーカを持った駅員が
「危ないですから、下がってください」
と声をかける。
これ以上、どこへ下がれというのか。
「本当だよな。いいかげんにしろ」
「そうだよ」
「私らばっかり迷惑だし」
うんうん。
もの言わない愚民はぶつぶつ文句を言い出した。
ぎゅうぎゅう詰めにされながら、前のほうで
「いいぞ!おっさん!やっちゃえ!」というギャルの明るい声が響いた。
どっと群集が笑った。うけた。後の学生も笑っていた。
いいかげんにしろだ。
本当に。
こちとら2時間も立っているんだぞ。
すぐに復旧策を取れよ。
「金返せよ」
誰かが低い声でつぶやいた。
「時間返せよ」誰かが答えた。
「どーしてくれるんだ」
ざわざわと不穏な空気が流れてくる。
「通勤客なめんなよ」
私も調子にのって小さな声を出した。
「ほんと。ほんと」誰かが賛同する。
しばらくして、ワンボックス型の警察車両がサイレン鳴らして駅に近づいてきやがった。
駅員が呼んだのだろう。サイレンの音量というのは調整できないのか。
イヤホンを付けていてもうるさい。
周りの人はもっとうるさいだろう。
あのオジサンはそういえばもう改札のところにはいない。
警官が車両から数名下りてきて、黄と黒のロープを張り出し、道路と駅構内を区切り始めた。
どっかで見た光景だなー。
地下鉄の朝のラッシュの光景に良く似ていた。
私は毎朝、地下鉄の改札から階段を下りると、ホームに辿り着く前にこのロープで一旦止められる。
駅員が乗客をコントロールするために行うのだが、まるで囚われの身になるようで至極不愉快な思いをする。
他にないのか?と常々思っている。
コントロールするほうは、される人をどう思っているのだろう。
迷惑な奴らめ。とでも思ってロープを張るのだろうか。
電車賃を支払って、電車に乗るのがそんなに迷惑か。
なら、公共交通で儲けようと思うな。
私は、時々胸の高さでロープを張られながら、両端を引っ張る地下鉄駅務員を詰っている。
囚われの私達は逃げることもなく、すごすごと警官の指示に従っていた。