振替輸送。
振替輸送は実は4線利用できる。実質は3線だが。
一つはJR。
一つは地下鉄(二つの路線)。
一つは別の私鉄。
この「別の私鉄」はその昔、鉄道ストライキが盛んだったころから「ストをやらない路線」として名をはせていた。
まだ娘っこだった頃に私はストライキの犠牲となって、会社の寮に泊まり込んだことがある。
もちろん、当時の会社寮はこの「ストをやらない路線」の沿線にあった。
企業イメージも「昔は上品」であったこの路線は沿線土地価格も高く、人気の路線地だった。
この私鉄は当然、バス路線も充実している。
本当に、最後の手段としてはこのバスでもなんとかなってしまう。
乗換え駅からこの路線の改札までは長い地下通路があり、いつも人がごった返している。
この頼もしい「振替輸送」先の路線へ行くのに、ただ一つ頭を悩ますとすれば、
この夕方ラッシュの人の波をバタフライ並にエネルギーを使って泳ぎきらねばならないことだ。
やっとの到達と希望の改札という門にのぼせていた私は、どこで何番線を目指せばいいのか、
混乱していた。
改札を通って数歩してから、人ごみで立ち止まる。
阿呆のように案内板でどこ行きでどの電車種別に乗ればいいのか、見上げる。
「ッと!」
いきなり停まった私の背中にオジサンがぶつかる。
そうだよな。人ごみの中で急に立ち止まる私が悪い。
小さく謝り、また案内板を見上げる。
・・・・地名がよくわかっていないんだな。
理解するまでに、ぼぉっとしていると、隣にさっき「ギブミー振替乗車券」をやっていた人が居る。
ああ。この人も難民か。
互いにシオンの地を目指して紅海を渡りキレるよう祈るよ。
よくわからないうちに、とにかくこの路線から目的地までの乗換え駅を経由する電車に飛び乗る。
とは言え、ラッシュ時だ。
この電車も決して空いているとは言えない。
混雑した電車が聞きなれない発車メロディの後に動き出す。
車両の中の路線掲示も見たが、支線が多くてごちゃごちゃしている。
どこを走っているか見落とすとナニなので、取り敢えず、ドア際に立って、身なれない風景を追いかける。
通過の駅名を見るが、やはり位置関係が良く分かっていなかった。
ただ、いつも見る線路よりは外側に何本も線路が走り、「複々線」「高架」という言葉が頭に浮かんだ。
とにかく、いつもの線より事故復旧が早いのだけは知っている。どこかの区間は三線だとも聞く。
特急も走っている。
いつも軽自動車に乗っているのに、今日は2000ccのセダンに乗せていただいている気分だ。
さて、見なれない街並みが続き、15分ほど経過した。
人も少し降りたが、乗ってくる人もけっこう居て、ドア際から中ほどの追いやられたころ、
「プープープーッ」と車内に警戒音が鳴り響いた。
「ッシーーーーッ」とブレーキの音がし、急速に減速しているのがわかった。
「非常ブレーキがかかります。ご注意ください。」
「非常ブレーキがかかります。ご注意ください。」
「非常ブレーキがかかります。ご注意ください。」警告メッセージ。
なんかに掴らなきゃ。
あわてて吊革を探して掴る。
「ただいま、非常停止ボタンの作動を感知しました。急停車します。」車内アナウンスが流れる。
バックには何やら無線の声が慌しく、行き来している。
不穏な空気が足元に流れてきた。
やがて、電車はガックンと停まり、高架の上から見える景色が動かなくなった。
・・・・・・・・・・・・・。
何も言わない。
手塚治はマンガで静寂に初めて「シーン」という擬音を使ったというが、誰も何も云わないのは、
音というより、温度が変わった、風が冷えた感じがする。
何だろう?また何かあったのか?この線でも??
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。
何か言え。
外に見える信号が青からまた青に戻ると車内アナウンスがやっと流れだした。
「途中駅にて、非常停止ボタンが押されました。確認中です。」
勘弁して。
「ただ今、○○駅ホームにお客様落下があった模様です。」
19時25分。
少し過ぎだった。
あわれ、経典の民はまた、災難を被ったというのか。
神様はどこかに居る。
これだけ皆が言うのだから。
ただ、それがどこかわからないから、探し求めるのだ。
ポケットから慌てて携帯電話を取り出す。
夫に電話して、災難にあって、また遅れていることを知らせなきゃ。
ここがどこか知らなきゃいけない。
どこだ?
車窓を睨んでも見知らぬ景色が闇にひっそり沈むばかりだった。