バビロン幽囚の時代には滅びの預言者と救いの預言者が居たという。
エルサレム神殿が破壊されると楽観論は姿を消したというが、これが、逆に民族の結束を強めた要因であったに違いない。
もし、この場でこのまま、絶望の時間があと1時間続いたならば、私たちは間違いなく蜂起したであろう。
さっきのオジサンはその予兆であり、予兆を見取ったからこそ地元警察という看守がここに立っているのだ。
看守は車で来たのだな。
車通勤の奴らに電車通勤の東京県民の辛さなどわかるまい。
あなたがこのロープの内側に立ったならば、私たちの憤怒がわかるだろうに。
幸い、私たちはユダの捕囚民ではなかった。
20時30分。
△△駅のほうのアナウンスがごちゃごちゃ言い始めた。
「□□行き、20時45分発車予定です」
さすが。
というべきか、事故の規模が違ったのか。
振替輸送側の線はみごとに回復した。
高架にしている区間が長いから踏切事故は元々起き難い上に、複々線化しているので、ホームに人の転落があっても復旧が早い。
きっちり同じまな板にのせて2線を比較しているのではないので、正しい統計はとれないが、差がないと言い切れる5%は十分に越していると思われる。
人がざっと流れる。
胸を張ってロープを張っていた看守達に背を向けて群集が流れていく。
その波にのりながら、振替輸送チケットを渡して手元にないことに気づく。
Aの路線で事故があって、Bの路線に乗った。
チケットには発車駅と行き先として下車駅と書いてあったのではないか?
とすると、振替輸送の路線の定期や切符を持っていない私は、どうやって乗るのだ?
また、下りた先でどうやって下りるのだ?
この区間の運賃を請求されるのか?
3分歩いて、答えはあった。
振替輸送の改札に行く途中で元の路線の駅員が居た。
新たにチケットを配っている。
その代り、確かに定期や切符の確認を行っている。
やや怒りながら、「どうだ。私は苦労してこれをもらうのだ」と言わんばかりに定期を提示しながらチケットをもぎとった。
そんな客ばかりか、駅員はすまなそうに配布をしていた。
ま。さっき、殴られた駅員も居たんだろうし。
げっぷの出そうな位の人数をまたもやホームにてんこ盛りにした△△駅。
20時45分。
確かに電車は入線してきた。しかも空車で。
そういうのが上手い路線だ。
イベントがあるとその駅を始発にして主要駅までなんなく輸送する。
今までも何回かこの鮮やかな手口を見ている。
あまりの人に一本見送ったが次はすぐに到着した。
ややひんやりした空の車両に乗込んで、今度こそ次の目的地を目指した。
家へはまだ遠い。