殺人払底 | 悩んで立ち止まってまた走る学生のブログ

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死ぬまでに何をしたいか。
どう生きて死ぬか。
立ち止まったときにそれでも自分は大丈夫だと自信を持てる勘違い野郎であるため自己啓発ブログ。

一日は24時間しかない。
人生は短い。
ぼーっとしてる暇はない。

 僕には殺人衝動がある。何かの拍子で僕の前頭葉に傷が一筋でも入れば、僕はたちまち衝動を抑える押し蓋を失って、恐るべき殺人鬼へと生まれ変わってしまうだろう。まだ一度も試していないのが唯一の僥倖だ。
 

 僕はずっと思い悩んでいた。いったい誰が世の中をこれほどに窮屈にしたのだろうと。
 悩みは悩みを引き寄せるらしい。僕は彼女に出逢った。知り合ってすぐに、彼女は運命の人だとわかった。彼女は人生に絶望し、そして死に場所を探していた。その理由は‥‥省く。
「わたしもう、生きている気がしなくて‥‥」
 僕は手を叩いて喜んだ。もちろん実際は喜悦の声など上げてはいないし、そんなことおくびにも出さない。それらしい慰めの言葉を探し当てて背中をさすってやった。
 かくして僕は、いとも容易く、彼女をそばに置くことに成功した。運命の人にはそうそう出逢えるものではない。彼女さえいれば、もはや風前の灯なのにまったく消滅の兆しの見えない、良心という厄介者を傷つけずにすむというものだ。僕は最もすばらしい殺し方をじっくりと考えることにした。
 さて、やっぱり刺殺だろうか。質感を求めるならば、絞殺も興味深い。毒殺だけはあり得ないな。この一回で僕の衝動に蹴りがつくような、そんな最も体験的でシュールな方法はないものか。
 彼女との生活が続くうちに、彼女はなぜか元気を取り戻していった。
「わたしを救ってくれたあなたになら、もう殺されたってかまわないわ」
 こう言われる度に僕は胸を踊らせ、自分に与えられた幸福を噛み締めた。


 ある日、二人で夕食を済まして帰路についていたときのこと。僕は生まれてこのかた初めて自分と同類の人間に出逢った。彼は包丁をまるで子供のように振り回し、辺りの人々に次々と襲いかかっていく。同じ衝動を抱えているにしても馬鹿なやつだと思った。殺し損ねた怪我人でそこら中が溢れ返っているじゃないか。
 ふと気がつくと彼女の姿がない。大地震のようなこれまでにない焦燥感。時が止まるとはまさによく言ったものだ。僕はそれはそれはひどい形相で周囲を見回し、狼狽した。
 彼女をやっと見つけたとき、自分の重大な過失に気がついた。僕が最もよく知っている筈なのに、僕が最も忘れていた。彼女は優しい。そして気高く、美しい。
 怪我人の傷口を紙や布で覆うのに必死な彼女の姿を見つけたのは、彼よりも僕の方がコンマ数秒早かった。こいつめ、いったい何が気に食わないというのだ? あろうことか、彼は逆上して彼女に襲いかかろうとしたのである。殺し損ねたのは自分だろうに。
 クラウチングスタートを構えていたわけでもないが、僕の駆け出しはこの上なく瞬発的だった。畜生め、僕にとって彼女がどれほど大切だかわからないのか? おまえなどの殺人衝動につき合っていられるものか。くそ、彼女は僕の‥‥、そう僕の‥‥。
 腹部に雷が落ちた。しかし不思議なのは赤い雷に見えたことだ。ゴロゴロという雷鳴の代わりに、彼女の大きな叫び声が聞こえてくる。駆けつけた警官に彼が取り押さえら‥‥いく‥‥が朦朧‥‥て‥‥、彼女‥‥が‥‥。


 夢をを見た。僕の中の夢を見た。身体を忘れた僕は傷だらけ。美しく咲くように噴き出す赤い血潮をただ呆然と眺めた。あれ? 誰だろう? 止血をしているのは。あの‥‥、いいんです。僕はいいんです。僕みたいなのは‥‥、僕みたいなのは‥‥。


 目覚めると僕はベッドの上に横たわっていた。眩しい蛍光灯の光が、もう一度僕に目を瞑らせる。
「ああ、気がついたのね。よかったわ。あなたが死んじゃうと思ったら、そう思ったらわたし‥‥」
 僕の目覚めと入れ換えに傍らの彼女がおいおい泣き始めた。彼女の眩しさもたまったものじゃなかったけれど、両目は開けておく。涙を拭う彼女の頭を優しく撫でてやりながら、僕はふっと笑った。
「‥‥何がおかしいのよ」
 そのくしゃくしゃに濡れた膨れっ面がとどめの一撃だった。
 だってこんなにおかしいことってあるかい? 殺すためにそばに置いてきた人を、人殺しから命がけで守るなんて。それなのに、こんなにあたたかいなんて。

 
 僕には殺人衝動がある。何かの拍子で僕の前頭葉に傷が一筋でも入れば、僕はたちまち衝動を抑える押し蓋を失って、恐るべき殺人鬼へと生まれ変わってしまうだろうと思っていたけど、僕は変わった。まだ一度も試していないのが唯一の証拠だ。
 彼女との生活が更に続くうちに、僕はなぜか元気を取り戻していった。
「僕を救ってくれた君のためなら、もう殺されたってかまわないな」
 こう言う度に僕らは胸を踊らせ、自分達に与えられた幸福を噛み締めた。