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‐シリーズ・朝鮮近代史を振り返る その1(諸悪の根源を正し、北東アジア平和に向けて)‐

 

 

 

『李是応・大院君』 (Wikiより)

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%88%E5%AE%A3%E5%A4%A7%E9%99%A2%E5%90%9B

 

 

・19世紀後半の朝鮮 李是応・大院君政権の成立 旧来の『勢道政治』との対立

 

農民が公然と封建制度に挑戦し始めた、19世紀半ばの朝鮮において、時の政権を担当したのが、大院君李是応(1820~1898)です。

 

1863年12月、哲宗王<チョルジョンワン>が崩御すると、その実子がいなかったので、ずっと遠縁の王族にあたる李煕<イ・ヒ>(高宗王<コジョンワン>、李太王という呼び方は誤称。1852~1919)が選ばれて、わずか12歳で王位についたが、それにともなって高宗王の実父である李是応<イ・ハウン>が、「摂政」という形で政権を担当することになった。

 

そこで、大院君<テウォングン>の称号を受けたのです(ちなみに「大院君」とは、王の実父におくる称号であり、各時代を通じて、この称号を受けた人が何人がいる)。

 

政権に就くまでの李是応(大院君)は、王族と言っても遠縁であり、「市井無頼の徒」すなわち零細商工業者たちと交わるという当時の両班<ヤンバン/リャンバン>からすれば、きわめて「道徳」から外れた生活をおくっていました。

 

李煕の摂政として権力を握った以後も、李是応はそういう低い身分の人々を重く用い、18世紀半ば以降の『勢道政治』<セドチョンチ>(当代の王妃一族を中心とする閉鎖的な門閥両班貴族の集団によって構成される政権を『勢道』といった)のルールを、どんどん破っていった。

 

勢道政治は、崩れ行く旧秩序を固守しようとする大両班地主本位のものであり、反動的性格のものでした。中央・地方の現役の両班官僚とともに、勢道に連なり、世襲的な身分をかさにきている有力両班が地方に大地主として根を張り、実質的に農民を支配していましたが、勢道政治は彼らの特権を守って、民乱を激発させるものだった。

 

李是応は、まず大両班地主の強い反対を押し切って「書院の撤廃」を断行しました。

 

『書院』とは本来、朱子をはじめ歴代の正統的な儒学者をまつった祠堂に学校を附属させたものでしたが、地方ごとに大両班がこれを設けて、中央政府のお墨付きをうけ、身分の低い者を出入りさせず、実質的には地方政治を左右する力をもつ「彼らのサロン」のような役割を果たさせていた。

 

つまり、その撤廃は、「大両班地主の地方支配の拠点を奪うこと」を意味した。さらに李是応は、租税制度を整備して中央財政を強化、戸布(軍事費のための税目)を両班からも取り立てるようにしました。

 

 

・「封建王朝の強化」と商人層を取り入れた支持基盤の変化

 

ここまでみると、李是応(大院君)が、大両班地主と対立して、農民の立場にたって政治をおこなったように感じますが、実際は「あくまで封建王朝の危機を立て直すこと」にあり、そのためには、個別の両班既得権をおかしても、中央集権化を図ろうとしたにすぎないと言えます。

 

しかし、その方向に推進していくにも、従来の大両班の半ば空洞化した統治機構に頼るわけにはいかず、そこで李是応は、古くからの知己であった下級官吏や中小商人などを通じて、この時期にかなり実力を蓄えるようになっていた商人層を基盤とすることになったのです。

 

そして、農村の商品経済とも関わる、そういう商人たちが「政治に参画すること」によって、その利害と要求が政権に反映するようになり、李是応の主観的意図に関わらず、権力基盤の性格として、従来のものとは異なるものになっていきました。

 

李是応はまた、同じ内外に力を誇示しようとする同期から、今日もソウルに残る大宮殿『景福宮』<キョンボックン>の建造工事を、農民を動員しておこないました。

 

 

『景福宮』 (Wikiより)

 

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%99%AF%E7%A6%8F%E5%AE%AE

 

このような「封建社会から近代社会への歩み」が始まった1860年代は、朝鮮にとって初めての「本格的な外圧に直面した時期」でもありました。

 

結果、朝鮮の農民は、「反封建闘争」「反侵略闘争」を同時になっていかねばならない立場におかれたのです。

 

 

・『アリラン』の起源

 

 

『朝鮮の歴史 朝鮮史研究会編 編集代表 旗田巍』 三省堂 154頁より

 

現在も、南北問わず朝鮮半島の代表的民謡である『アリラン』については、大院君時代の景福宮建造の時に生まれたとされています。

 

 

<参考資料>

 

・『朝鮮の歴史 朝鮮史研究会編 編集代表 旗田巍』 三省堂

 

 

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