朝の散歩、雨降りです。


すっかりご無沙汰してしまいましたね。



カラスの数が毎年増えてる気がします。


今年はセミの鳴く声がとても少ないし、今頃ニイニイゼミが鳴き始めています。


6月にニイニイゼミが鳴き始めて7月にアブラゼミ、8月にクマゼミ、9月に入ったらツクツクホウシと季節を感じるのですが、今年はなんか変です。



いかんいかん、また昆虫記になってきました。



ずっと自分は「聴く、観る」と言うことを注意しながらこれまで生きてきました。


年齢を重ねるにつれて、少しずつですが、これが「聞く、見る」と言う感性に変わってきている気がします。


とある本にはこれは宗教体験だと記していました。


意識して聴く、意識して観るという「聴覚や視覚」の次元を超えて、自我意識をすっかり脱落できたときに初めてそれが自然に「聞こえてくる、見えてくる」に変わる、それを宗教体験と言うのだ・・・ちょっとエラくなった気がしてきます(笑)



単純に歳とって注意力が散漫になってきただけなのかもしれないですからね。


多分そちらの方が正解なんでしょう。



セミの声もカラスの声もハトの声も、雑踏や工事現場の騒音も、それが音楽と聞こえるようになるまでにはあと100年は生きていかないといけないでしょう。



自然界の音を音楽としてその中から気に入ったフレーズを取り出してそっと楽譜に書き留める・・・できる人って素敵ですね。


まだまだ自分はそこまで達観できません。




選挙活動も終盤戦です。


テレビもネットも街頭も賑やかになってきました。



憲法を守りましょう、国民みんなの憲法を改正するのはやめましょう・・・。


なんか説得力ないですね。



先人があなた一人のために用意した生き方の教典、それが憲法です。それをもっともっと大事にしませんかって言われたらちょっとだけ説得力が出てきます。




第十二条 



この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、国民は、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉 のためにこれを利用する責任を負ふ。



今ひとつピンとこないし、読んでいても退屈です。



国民を「あなた」に置き換えてみます。



第十二条 



この憲法があなたに保障する自由及び権利は、あなたの不断の努力によって、これを保持しなければならない。又、あなたは、これを濫用してはならないのであつて、常に公共の福祉 のためにこれを利用する責任を負ふ。



なんかすごくないですか?



どれだけ自分たちは日ごろ生活してる中で自由や権利ばかりを濫用しているか、ガツンとカミナリ落とされたような気になってきます。




第九十七条  


この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。



やっぱり今ひとつピンとこない。



再び国民を「あなた」に置き換えてみます。



第九十七条  


この憲法があなたに保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来のあなたに対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。



うわあ・・・なんともありがたいお言葉に見えてきます。



最近、人と話すときにも「あなた」と言う二人称を自然に使っている自分がいます。


以前は突き放している気がして嫌だったんですけどね。



不思議です、この「あなた」と言う言葉・・・。



最後までお読み頂きありがとうございました。



そういうわけで今日も一日頑張りましょう!!


いつもの散歩道でタマムシ君と遭遇。

音泉まんぢうのブログ


正式名称はヤマトタマムシ、“玉虫色”の語源になってます。

連れて帰りたかったけどね、さすがにカブトムシ15匹(までは確認できてる)と昨日行方不明だったノコギリクワガタ1匹がすでに部屋の中でガサゴソガサゴソやってますから、やむを得ず断念。

今年も天敵カラス軍団に軒並み食い殺されてしまう前に散歩道に落ちているのを拾って持ち帰ってるうちにカブト君たち、随分殖えてしまいました。

そうそう、昨日から行方不明中だったノコギリクワガタのチビスケはおかげさまで発見できました。

どこでかって?

まさかのサイゼリヤ(笑)

生ハム(プロシュートって言うメニューですが、ここの生ハム、村上龍を始め、食通にもファンの多い一品なんだとか)と赤ワインを注文して仕事の書類をカバンから取り出していたら、ひょっこりそこから顔を出しました。

店員は目が点になるわ、奴はテーブルの上を元気一杯歩き回るわ、全く仕事になりませんでしたが・・・。

$音泉まんぢうのブログ


な~んかカワイイんですよね、コイツ。
どことなくチワワに似てたりして・・・。

いや、別に昆虫記を書いているわけではありません。

え~っと、告知です(なんだかとってつけたようにですが・・・)

以前、ちょっとだけブログで触れましたが、病院関係者からの依頼でこの7月と来月8月、出演者をこちらでご紹介させていただきました。

“バンドゥーラの響き”

日時   7月18日(木) 17:00~17:40
場所   がん研究会 有明病院 1階ホスピタルストリート
http://www.jfcr.or.jp/hospital/about/volunteer/concert/schedule.html

出演   カテリーナ

カテリーナさんは、ウクライナ出身の民族楽器バンドゥーラの弾き語りをされるヴォーカリスト、とても素敵な方です。
テレビでMISIAを歌って絶賛されたのを観た方がいらっしゃるかもしれません。

病院関係者、患者さんのための無料コンサートですが一般の方もご覧いただけます。
ただ、席は譲り合ってください、とのこと。

当日は自分も行きますので関心のある方、お待ちしています。



ブログアップしようと思いましたがメンテナンス中みたいですね。

では、そういうわけで、少しばかりおやすみなさい zzz・・・


一緒に話をしていてとても辛くなる人がいます。


いかに自分がすぐれているか、自分が過去にどんなすごい業績を残してきたかとかを、やたらと話す人。



自分は何でも知ってる、自分が一番わかってる、何も間違ってないし、みたいに、自分自身の生き方に(過剰に)自信を持っていて、さらに、他人のことを「あの馬鹿が」とか、「アレは何にもわかってない」とか言う人。



部下が育つと自分が育てて一人前にしてやったぐらいに言う人、いませんか?



善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや



歎異抄(たんにしょう)にある言葉なのですが、そのまま訳しちゃうと、「善人だって仏様に救済されるのに、ましてやどうして悪人が救済されないはずがあるだろうか?」



何か変ですよね、これ。



色んな解釈がありますが、我々人間は弱い存在です。


「助けてください」って心の中でどれくらい信心深くない人だってね、人生一度くらいそう祈ったことがあるはずです。



これが他力本願。



自分の恋人を他の奴に奪われたり、ましてや殺されたり、裏切られたり、自分の肉親を殺されたりしたら、その犯人をぶっ殺してやりたい(失礼)って気持ちになる。



誰でもそういう悪人の心を持ってるし、普通に生きていて人を殺すことはまず有り得ないと思っていても、何かしらの縁があれば絶対に刃物を持って襲いにいかないとも限らない。



仏様はそんな風に心の揺らぐ弱い人間こそちゃんと助けたいんだって言ってるんですね。



自分が一番賢い、間違いなんて犯すわけない、他の奴はバカばっかり、自分は尊敬に値する人間だって勘違いしてる、誰の助けも受けないよって言う奴らにさえ手を差し伸べる。



ましてやいつ悪人になってしまうかもしれない弱い人間を助けないわけないだろう・・・。



電車での移動時間や待ち合わせのちょっとした時間用に仏教関連の本をいつもかばんの中に忍ばせているのですが、何度読み返してみても新しい発見があります。



何も仏教の本でなくてもいいんです。


相田みつをの本だっていい。



弱きもの人間

欲ふかきもの

にんげん

偽り多きもの

にんげん

そして

人間のわたし



「人間」をもっともらしい外見を表わし、弱々しい心の内面を「にんげん」で表わしていると、今は亡き松原泰道氏は「わたしの歎異抄入門」の中で解説しています。



気になるんだよなぁ、たびたびマスコミに取り上げられて話題になる四谷の「坊主バー」。


今度こっそり行ってみたいです。



勝手な自分の解釈で綴りました。


「それは解釈間違ってるな」って言う方も勿論いらっしゃると思います。


自分は色んな解釈があってもいいと思っていますが、うまくまだ自分の言葉にこなしきれていないことは間違いありません。



もしも正しくはこうだと言うのであれば、ご指摘いただければありがたいです。




それより何より、夕べ拾って持ち帰ったちょっとオチビちゃんのノコギリクワガタの男の子、ケースから脱走中、行方不明なのであります。



緊急事態(笑)



嫌だよなぁ、寝てる時にいきなり鼻をハサミではさまれても・・・。



この部屋のどこかに・・・早く姿を見せて欲しいです。



今日も猛暑の予報。



テンションあげなきゃ、ですね。



ではまた。