歓喜 | 愛と幻想の薬物

愛と幻想の薬物

病んだ精神を癒やすために、体験を基にし、エッセンスとしてのホラを加えながら『さいはての地』での記憶を辿ります。
妄想、現実、ありがちな経験をもとにした物語です。

歓喜


憶えていないかな
キミが初めて僕と逢ったときを
憶えていないだろうな
キミを初めて僕が抱いたときを

とても小さくてキミの表情は僕には
喜びでも悲しみでも平穏でもなくて
ただ世界のただ中で唯一無二の命が
始まったことさえも、まるで当たりまえのような

春が来て、夏になり、秋が深まり、冬が訪れて…
そしてまた春に包まれるような

そんな当たりまえがあるような優しさで
キミは僕のそばで
泣いたり、笑ったり、楽しんだり、
でも僕は身勝手だから、
キミの寂しさに気づいてあげられなかった。

ある日声を上げてキミが泣いたとき
過去も現在も無くただ自分自身を呪った

憶えているかな
キミが僕の作ったちらし寿司を笑顔で食べてくれた
ときに言ってくれた言葉

『父ちゃん、おいしいね』

いまでも僕は、数え切れない後悔と懺悔のなかで
キミが泣いた時も
笑顔で
『おとーちゃん!』
と呼んでくれた時のことも

あるいは小さな体で、大きく見えるランドセルを
背負って、一人で学校まで田んぼの中の畦道を
テクテクと歩いていた姿に手を振って呼びかけたときのことも

しばらく会えなかった時を過ぎて、キミたちがいる
家に戻ったとき、キミはそっと玄関の扉を開いて
顔を覗かせて僕の姿を見ると

そのまま玄関から駆け寄り飛び上がって僕に抱きついてくれて、寂しさを埋めるように涙を流していたね


キミもキミの妹たちも、
いつも不機嫌な僕を振り向かせるために
沢山の手紙をくれたね。

三人とも
家族全員が並んだ絵を描いてくれて

『お父ちゃんへ、大好き♡』
そんな手紙を書いてくれていたね。

いまでもちゃんと全部残しているけど、
父ちゃんはその手紙を今もまだ笑顔では見られないんだ。

もう一緒に暮らすことは出来ないけれど

そんなキミのことやキミの妹たちのことも、勿論
キミたちのお母ちゃんのことも、いまでも変わらずに
思っているよ。


だから、キミは前を向いて歩いて欲しいんだ。
キミやキミたちの人生は、自分たちのものだから。


今はまだ、たくさんの想いや記憶が乱雑に廻るばかりで
一日として平穏には過ごせないけれど、

だけどキミに初めて逢った時を想い出すことで
僕は歓喜に包まれた毎日を過ごせたことも一緒に
思い出せるから。

何も心配しなくていい。


本当の世界は闇だけじゃなくむしろ、光で作られてるんだよ。

頑張れ、
小さな家族たち。