Half-A-Room -140ページ目

ライド ライド ライド

タクシーが好きだ。


お金がないので滅多に乗らないけれど、帰りが遅くなってバスがなくなった時など時々乗る。

お金あげるからタクシー乗って帰ってきなさい。

母はいつもそう言う。

おお、現代日本にありがちな何という過保護だろう、と思いながらも大抵素直に従う。
私がお金持ちだったならきっともっといっぱい、タクシーに乗るだろう。


あの匂いが好き。

清潔な車の匂いという感じがする。

他に乗客が乗り込んで来ない分、バスや電車よりも緊張感がなくて、ぼーっとしていられるところも好き。


ちょっとだけプライベートな感じ。

運転手さんと私、二人だけがひと時、濃密な空気を共有する。

ちょっとどきどきする。

ほんの10分か20分、でも、運転手さんとの相性は大切。


外の空気つめたそうねこん中はめちゃくちゃあったかい。

窓の外はネオンがきらきらしてるよとってもきれい。


ああ降りたくないなぁ。


帰ったらあったかいご飯が待ってる

誰かが「おかえり」って出むかえてくれる

猫も待ってる。


なのにここの空間は世の中から隔離されているようで、日常が何もかもぼやけて遠ざかっていくような錯覚を起こす。

世界には私と、運転手のおじさん、二人だけ。

ぜーんぶ捨てて、このおじさんと、どこまでも夜に乗って行く。

しばし夢想する。

おっちゃんは以前乗せた、その筋の人の話をしてる。

その人は京都駅から横浜まで乗せてくれ言うた。

ええ~、横浜ですか

そう、わしも新幹線乗った方がええんちゃいますか言うたんやけど、博打で大金勝った人は新幹線に乗ったら危ないんや。

料金は十何万やったけど、これ取っとき、言うて2万余計にくれた。

へぇ、2万円も、よかったですね~

そうやねん、得したわ~。


おっちゃん毎日いろんな人

乗せては降ろし、乗せては降ろし繰り返してるんやな。

それってどんな気持ち?


あの、だいぶ上まで上がりますけどいいですか?

お嬢さんそんなん気にしたらあかんがな、こっちは商売やねんから

ハァそうですか、すいません、じゃ、お願いします。


ねえおっちゃん、私と一緒に、どっか遠いところ行きませんか。

何か帰りたくないんですよこのままどこまでも連れてってくれませんか?

もういろんなことやになっちゃったよおっちゃんもそうでしょ?

乗せてってくれるだけでいいんですそれとも私とじゃお嫌ですか。

愛してくれとか言わないからさでも全部捨てて行きませんか夜の果てまで地の果てまで天城越え、もう何だかわかんないけどさ見たことのないところまで。

と今にも言ってしまいそうなのだけれど勇気が出なくて、

あたしは黙って夜の景色を見てる。


「着きましたよ。」


ああショートトリップはこれでお終い。

今日のご飯は何だろう。

ああもう11時、あの番組終わってる。


ああもう着いたんですか、早いですねぇじゃ、これ、お釣りください。

はいお釣り、おおきに、

おおきに。


さすがおっちゃん去り際は慣れたもの。

さりげない別れかた、とても美しい。


それじゃあ、おっちゃん、

バイバイ、

気を付けてね。