第41回:「ともに生きるみんなの集い」で希望を創ろう。 | IGS-report

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2022年 12月3日(土)は国際障碍者デーだった。

(因みに、12月3日~12月9日が障碍者週間

 

港区スポーツセンターがある「みなとパークしばうら」のリーブラホールで、第41回目の「ともに生きるみんなの集い」という障碍者週間記念事業が行われた。

午後1時~午後4時(会場午後0時30分~)とワリと長丁場に感じるが、各部の間に休憩時間もシッカリと取ってあるし、イベントに緩急があって、不思議と長く感じなかった。

式が始まる前に、「みなとパークしばうら」のホール前のロビーでは、各作業所が様々なブースを出して、販売をされていた。

アクティさんや、ラピールさん、はーとカフェさん等、よく目にして知っている作業所もいつもの様に出ていた。

 

式が始まる前に、区長~関係者の方々の御挨拶があったが、

全員が挨拶していると後のプログラムの時間が無くなるので、後半は名前だけのご紹介というカタチを取っていた事

・この会場では手話付きで行われる事は勿論、スクリーンに話している事が映し出される。

という事が良かった。

 

『公募区民』というカテゴリーがあったり、

多くの人の力で、この会は成り立っているようだ・・・それが伝わってきた!

(因みに「あいはーと・みなと」さんは次の世代の人間をこのイベントへ送り込んでいた、流石先を観ているし、早いな・・・って感じた・・・)

 

 第1部の記念式典では

 

障碍に対する事業で貢献をされた企業や企業兼作業所の感謝状贈呈と、『区役所』や『みなとパークしばうら』で展示をされていた障碍者月間のポスター原画入賞者の表彰が行われ、社協の研修で講演をしていた企業や、障碍者月間のポスター原画の入賞者である小っさな子供『達』が前に出てきて次々に表彰状を受け取っていた。


因みにポスター原画の最優秀の方が特別な事情で来れなかったが、それも障碍者のイベントではアリだなって。

(障碍と同じで)人には、それぞれ事情があるモノな。

ただ、うちの団体メンバーの優秀な同行者が「子供達に表彰状を渡す時にプロジェクターで作品を出してもいいのになー」と言った時は、この同行者はなんて優秀なのだろうーって。

いつも(私より)オチャラけているけれど(←超良い大学出ているし)、やっぱ視点も良く本質を見抜き前へ進めるチカラがあるなーって。

賞状を渡される子供達を見ながら、その視点での言葉をノートに記しておいた事を今ここに記しておこう。

 

 第2部は午後2時から~啓発プログラムとして、高次脳機能障害の実際の当事者の方々が登壇をされて、成人の高次脳機能障害をテーマに話されていた。

ここでの出演協力は、高次脳機能障がい者の未来を紡ぐ会「みなと高次脳」さんが、この「ともに生きるみんな集い」のイベントへご助力下さった。

 

最初に話された方は、

12年前に負ったバイクを運転中に横からワゴン車に突っ込まれるという事故にお遭いしてからの高次脳機能障害である

・疲れ易さ

・思考が止まる

・脳がグッタリすると1週間ぐらい回復しない。

・読める文章と読めない文章がある事。

・ユックリの対応等の症状を話しつつ、

現在は、

・今セラピーへ通っている事

・散歩でのリフレッシュ

・港区内の就労B型で短時間の労働と回復訓練

をされている事を話され、

 

御自身が港区の高次脳機能障害の方々の事も背負われる様に、今後の要望や現状の問題として、

・障碍保健福祉センター(ヒューマンぷらざ)でパソコン教室とかがある事は知っているが、どんなサロンがあるのか解からないのでHPを作って欲しい。私達の団体(というか私)が余力があれば作るか???

(ペラ1枚の掲示板程度なら・・・他の事もあるので運営を継続していく事が難しいが・・・)

・「引っ越しをするよう」に言われ、生活保護専門の不動産業者さんにお願いをしたが、風呂や洗濯置き場が無かったり今、都営の新規建設の予定が無いので、小さなアパートを増やすとかしてくれたら需要があると思う。

という事を言われていた。

 

10分間という制約の中、(前後で色々と個人的に訊いた所)かなり以前から原稿を練りに練って、要点をまとめておられたご様子で、ユックリと落ち着いて原稿を見ながら話される姿と共に、凄く『伝えたい事がまとまっている印象』を感じた。

 

 次に話された高次脳機能障害の方は11歳の時に小学校で脳出血を起こし失語症という症状と共に右手・右足の麻痺になられた方で(←高次脳機能障害には何パターンもある)

小学校で倒れた時の経過→救急車→右半身麻痺を起こしていたが、最初は医師から「てんかん」と言われたが、その後高次脳機能障害が判明をされた方のお話だった。

 

最初に話されていた方も言われていたが、失語症は勿論、内部障碍は観えないという事だった。

(勿論、高次脳機能障害の方と共に、臓器や血管等の内部障碍の方や精神の方も外からは観えない、因みに高次脳機能障害は首から上という事で、精神障碍のカテゴリーに区分されているが・・・物理的障碍と首から上という事で、身体と精神の丁度中間的な要素もあるように個人的に感じる・・・どっちもツラく、一見一目見て理解をして貰えないから、どっちがツラいとかそういう事ではないのだが・・・)

 

この方は言葉の構造を作れないとの事で、当時、「お母さん」と呼びたいのに「アー」となってしまう。

と言われた事例が凄く衝撃的だったな・・・。

又、病気を理解すると心がラクになる、無理はしない・させないという事の大切さも伝わってきた気がした。

(高次脳機能障害の方って何人かと交流を持ったことがあるが、私が出会った多くの方は伝える力が上手なんだなーという事も感じている)

 

 詳しくは他のブログページで取材をした高次脳機能障害のセミナー研修の記事にもまとめておいたが、高次脳機能障害の事自体を知らない人々も多いから解からないのでは?との事もあるだろう。

 

2部の最後に、質疑応答があったので、

まぁ、誰かが先陣を切って質問をしないと、後に質問が続かず、呼び水にならないなと、

最近、私は様々な講習や研修会の小さな会場で質問をする練習をしているので、

・こんな広い会場で挙手をして質問をする事は多少の恥ずかしさはあったし、

・高次脳機能障害について、私も最近知ったばかりで詳しくは知らないし

大丈夫かなぁ?と思ったけれど、

以前のシャイで恥ずかしがり屋な私よりは、なんだかここ最近練習に練習を重ねてきた事が1つ壁を越えられたのか、えぇい、いいや、自分の価値観で自分が訊きたい事を質問しようと、1番に挙手をして質問をし、自身が質問の呼び水になればと・・・

 

「高次脳機能障碍は多くは後天的に負われた障碍だと思いますが、障碍を負ってから、プラスに変えられた体験又は経験って、ございましたでしょうか?、(前向きな意味での)変化というか?」と質問をしてみた。

(勿論、ノートに下書きをしてから、それを読み上げるカタチを試してみた←ノート要らなかったかな、魂ぶつけていけばよかったかも)

 

司会の方(高次脳機能障がい者の未来を紡ぐ会「みなと高次脳」の方?)が「少々お待ち下さい」と←私もあまりの広い会場でややガチガチになっていた口調だったので、高次脳機能障碍の方に思考する時間を置き、少し、思考されたのち、

お2人の高次脳機能障碍の当事者の方々は、

・「(脳の損傷の為=とにかく以前よりキチンとしないとならないので)1人で生活をする力得た!!

・「家族が出来ましたし、家族の為に、子供達の為に、強くなれました!!

というお言葉を頂き

私は「お2人の強くなれましたというそのお言葉に、こちら側も勇気を頂きました」と質問の回答をして下さった方の目だけを、あの広い会場で観て応じる事が出来た。

(勿論、高次脳機能障害の方に応じた私の言葉はノートに書いたモノでもなく、自然に高次脳機能障害の方々の真摯なお言葉・ご回答に引っ張られたカタチで自然に出てきた言葉だった・・・)

ご回答された方の目をキラキラとされておられた様に私には感じましたし、

司会の高次脳機能障がい者の未来を紡ぐ会「みなと高次脳」の方?もニッコリとされた笑顔をされておられたので、あ、とりあえず稚拙な質問だったかもしれないけれど、最初に先陣を切って質問をするミッション(使命)は果たしたな!と、あの広い会場で震えながら質問をした事への僅かながらの手応えも感じて静かに腰を下ろした。

 

 その後、あれだけの障碍者団体の方や代表の方・スタッフさんが来場されておられるのだから、他の質問が出るかな?期待をしていたのだが、私以外出なかった事は、世の中意外で、

しかも質問が出ない事も高次脳機能障がい者の未来を紡ぐ会「みなと高次脳」の方は想定をしておられて、高次脳機能障害について更に紹介をし、場を流れる様に繋ぎ自然に終わらせる手法には目を見張るモノを観させて頂いた。(あまりにも自然に流れる様だったので、上手に記憶に留められなかったが)ああいうやり方もあるんだ~?って、とにかく驚いて『瞠目』させられた事だけは鮮明に残っている。

(この「無理をしない」「自然な流れ」こそが、高次脳機能障害の会の1つの特徴なのだなーって、ここ数回高次脳機能障害の研修等に出ていて感じた雰囲気と同じ感じの『優しさ』というものだった)

 

 第3部は午後3時から~パフォーマンスとして

・フラダンス教室「ハーラウ・ケオラクーラナキラ」による男性のフラダンス

・芝浜小学校合唱団・芝浦小学校合唱団「歌花隊」による子供達の合唱

 

最初、男性のフラダンス???と思っていたら、フラダンスの経験もある連れの同行者が「男性のもあるよー」と歴史が古い事を教えて下さり、

「フラは笑顔でなければならない」とか色々と解説をしながら教えて下さった。

ステージでは75歳以上の高齢者のフラダンスだったが(←87歳でも若いらしい)、楽しませようとする姿はカッコイイと感じた。

 

合唱についても、

『芝浜小学校』は、歌だけではなく、1人1人が様々な台詞を次々と紡ぎ合っていく形態って凄く堂々としていて、お、良いなー、コレって感じたし、

校歌が地に足が付いた様に落ち着いていて優しいコード進行に港区に関係する歌詞が乗り、凄く温かくヒューマンでアットホームな感じを受けた。

演奏のピアノも子供達の為って感じの音色が伝わってきて、優しい気持ちになれた。

 

『芝浦小学校』の方は小学校の規模が違うらしく、大人数であり、美しいって感じのもう「作品」になっているという感じと、一体感が凄かった。

「ヤー」で全員が手を上げるのが良かった。)

 

そして最後は、芝浜小学校と芝浦小学校の混合で同じ人数に揃え、学校が違う同士が敢えて合唱をする人同士の化学変化を観る事ができ、あまりにも素晴らしく、同行者が泣いた。

 

これがLIVEだ・LIVEのチカラだな・・・

私はその凄さにB‘zや氷室京介・ブライアンアダムスのLIVEへ行った時の様な衝撃と同じモノをそこに感じた。

ジャンルや規模は違うけれど、私が感じた衝撃はそこへ匹敵るするかのような、子供達の真剣さや、真っ直ぐにその物事だけを追求するという事への、迫力があった!!

 

合唱ってのも良いモノだなー

 

泣いた同行者がおしゃべりだったので、この「ともに生きるみんなの集い」の最中、「大切なモノって何?」と訊いてきたので、最初「志」と紙に書いて渡したのだが、

少しサイコパスとも揶揄される同行者は「そういう抽象的なモノじゃなくて」と否定するので

私は「仲間」と書いて観せた。

・その事と、

・この同行者の涙

・そしてこの両校の合唱を観た時、

何故か私の中に「絆」という文字が浮かんできて皆とのキズナを感じた。

(偶然なのだが、周りを観たら、いつもの知った顔ばかりだったし・・・本当に本当の偶然

「いつか俺達も向こう側へ行くぞ!、行ってやるぜ!」と同行者に希望見せた(それが今の私の役目かな、と・・・)。

 

次回42回期待をしたい!!