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浮遊家具

映画 大好き また 始めたいと思います。黄斑変性、SLE、双極性障害で仕事ができなくなり、一人、家の中にいる自分、置き場所のない浮遊して漂う家具のよう。ただ、時間だけが進んだ、治癒は進み現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あらすじ

佐藤サチ(22)は、ダンス好きの活発なアウトドア派。佐藤タモツ(23)は、正義感の強い真面目なインドア派 。正反対な性格だがなぜか気が合い、程なくして付き合い同棲を始める。
そして 5 年後。弁護士を夢見るタモツは、司法試験を受けるが不合格が続く。しかし諦めずまた挑戦したいというタモツを応援するサチは、一人孤独に頑張るタモツを助けようと、一緒に勉強をはじめると、相変わらず不合格だったタモツとは反対に、サチが司法試験に受かってしまう・・・!!
申し訳ない気持ちのサチと、プライドがズタズタのタモツ。そんな中、サチの妊娠が発覚!ふたりは結婚することになるが・・・!?






製作国・地域:日本上映時間:114分


監督

天野千尋

脚本

熊谷まどか

天野千尋

主題歌/挿入歌

優河

出演者

岸井ゆきの

宮沢氷魚

藤原さくら

三浦獠太

田村健太郎

前原滉

山本浩司

八木亜希子

中島歩

佐々木希

田島令子

ベンガル






つぶやき

この作品の特徴的なところは、とにかく“語らなさ”にある。観客に対して親切に説明することを徹底的に避けていて、登場人物の心情や関係性は、セリフではなく行動や間、そして沈黙によって描かれていく。たとえば、ほんの数秒の沈黙。視線がわずかに逸れる瞬間。言いかけて飲み込まれる言葉。そういった細部の積み重ねが、ふたりの距離をじわじわと浮かび上がらせていく。

特に印象的だったのは、日常の風景の切り取り方だ。食卓に並ぶ料理、帰宅後の何気ないやり取り、同じ空間にいながら別々のことをしている時間。そのどれもが、どこにでもありそうな光景なのに、どこか居心地の悪さを含んでいる。その違和感は最初はほんの小さなものなのに、物語が進むにつれて確実に輪郭を持ちはじめる。そして観ている側は、「ああ、これはもう戻れないところまで来てしまうのではないか」という予感を抱きながら、その過程を見届けることになる。

この映画が恐ろしいのは、決定的な“破綻の瞬間”を強調しないところだと思う。大きな喧嘩もなければ、劇的な裏切りもない。それでも関係は確実に壊れていく。その壊れ方があまりにも静かで、あまりにも現実的だからこそ、観ていて逃げ場がない。むしろ、はっきりとした原因がない分だけ、「どこから間違っていたのか」が分からないまま進んでいく感じがある。それは観客自身の記憶とも重なってしまう。

また、映像のトーンも非常に抑制されている。派手なカメラワークや劇的な音楽はほとんど使われず、どこまでも淡々としている。その静けさが逆に、登場人物の感情の揺れを際立たせる。音がない場面ほど、こちらの心の中で何かが大きく響いてしまう。まるで「あなたなら、この沈黙をどう受け取る?」と問いかけられているようでもあった。

そして、タイトルの意味についても考えさせられる。同じ「佐藤さん」であることは、ふたりを結びつける記号であると同時に、個を曖昧にしてしまうものでもある。名前が同じだからこそ、相手をちゃんと見ようとしなくなる瞬間があるのではないか。逆に言えば、どれだけ近い存在であっても、本当はまったく別の人間なのだという当たり前の事実を、この映画は突きつけてくる。

終盤にかけての展開も、決して観客に分かりやすい答えを用意してくれるわけではない。むしろ、多くのことが宙に浮いたまま終わっていく。ただ、その“未完の感じ”こそが妙にリアルで、心に残る。現実の人間関係だって、きれいに整理されることのほうが少ないのだから。

ラストシーンに関しては詳しく触れないけれど、あの終わり方は賛否が分かれるだろうと思う。カタルシスを求める人にとっては物足りなく感じるかもしれないし、逆にこの曖昧さこそが真実だと感じる人もいるはずだ。個人的には、あの小さな“余白”の中に、この映画のすべてが詰まっているように感じた。
観終わったあと、自分のこれまでの人間関係を思い返さずにはいられなかった。「あのとき、ちゃんと向き合えていただろうか」「言葉にできなかった何かを、放置していなかっただろうか」。そんな問いが、静かに、しかし確実に残り続ける。

派手さや分かりやすさを求める映画ではない。でも、日常の中にある微細な違和感や、言葉にし損ねた感情に心当たりがある人にとっては、かなり深く刺さる作品だと思う。観る人のその時の状況や経験によって、まったく違う顔を見せる映画でもあるだろう。

静かで、優しくて、そして残酷。『佐藤さんと佐藤さん』は、そんな相反する感触を同時に抱えた、不思議な作品だった。観終わったあとも、しばらく心のどこかで鳴り続けるような、そんな映画だ。