あらすじ
高校2年生の紺野真琴は、理科実験室に落ちていたクルミをうっかり割ってしまったことがきっかけとなり、時間を飛び越えて過去に戻る力「タイムリープ」を手に入れる。
彼女はさっそく「タイムリープ」の力を試すべく、妹が食べてしまったプリンを食べにいく。
自分が“飛べる”ことを確信した真琴は、男友達の間宮千昭や津田功介とカラオケでノドが枯れるまで歌ったり、3人で何度も野球をして好プレイを連発してみたり・・・。何気ない日常を思う存分満喫するのだった。
何があっても大丈夫、また戻ればいい、何回でもリセットができる。そんな楽しい毎日が続くはずだった・・・・
製作国・地域:日本上映時間:100分
監督
細田守
脚本
奥寺佐渡子
原作
筒井康隆
主題歌/挿入歌
奥華子
出演者
仲里依紗
石田卓也
板倉光隆
原沙知絵
谷村美月
垣内彩未
関戸優希
立木文彦
反田孝幸
山本圭子
中村正
松田洋治
桂歌若
安藤みどり
つぶやき
細田守監督の映画を改めて見返すたびに思うのは、「こんなにも瑞々しい夏を、私はもう経験できないのかもしれない」という少し切ない実感だ。2006年版『時をかける少女』は、その感覚を何度観ても呼び覚ましてくれる稀有な作品だと思う。
主人公・紺野真琴は、揺れる年頃特有の不安定さと勢いを持ち合わせていて、物語の冒頭では“今日が終わればどうでもいい”というような、世界から少しだけ後ろ向きの距離を置いた少女に見える。だけど、彼女が「タイムリープ」という不思議な力を得た瞬間、その距離はぐんと近づき、真琴は初めて“時間が進むことの重さ”と向き合わざるを得なくなる。
細田守監督の筆致は、ありふれた日常のディテールをとても丁寧にすくい上げている。走るときの汗の匂いを思い出すような夏の空気、放課後の校庭に傾く太陽、何気ない会話のリズム。とくに、真琴・千昭・功介の三人の関係性は、青春映画としても特別に響く。友情なのか恋なのか、その中間のような感情が、笑い声や沈黙に自然に滲んでいる。真琴が何度も時間を巻き戻すことで気づかずに壊してしまう“ほんのわずかなバランス”が、逆に彼女にとってどれほど大切だったかが伝わってくる。
中盤以降、物語は単なるタイムトラベルの面白さではなく、“選択の不可逆性”へと舵を切る。真琴は間違いをやり直す力を持っているはずなのに、誰かの気持ちだけはどうしても巻き戻せない。その象徴が千昭の告白シーンであり、あの瞬間、彼の声の震えと夕暮れの色が重なって、真琴が初めて“今”を抱きしめようとする。真琴が「タイムリープなんてしなきゃよかった」と涙ながらに言う時、観客は彼女が魔法ではなく“普通に流れる時間”の価値に気付き始めたと悟る。
物語の核心である「未来で待ってる」という千昭の言葉は、何度聞いても胸に残る。約束としては曖昧で、叶うかどうかもわからない。けれど、未来に向かって歩き出す勇気をくれる魔法のような一言だ。ラストの真琴の走りは、もう時間を巻き戻すための走りではない。未来へ向けて、自分の足で踏み出す決意の走りだということがわかる。その姿がとにかく眩しい。
アニメーション映画でありながら、青春映画としても傑出している理由は、キャラクターの心の揺らぎを“日常”と“時間”の交差で描き切っている点だと思う。特別なSF設定があるのに、最終的に心に残るのは、部室の匂いや夏の雲、友達と自転車で並走した記憶のような“触れられるリアルさ”なのだ。
『時をかける少女』は、青春の甘さと苦さを時間の流れの尊さと共に閉じ込めた、非常に繊細な作品。観返すたびに、自分の中の“あの夏”もまた少しだけ蘇る。
もしあなたが最近、時間の流れに追われるような日々を送っているなら、ぜひこの映画を観てほしい。立ち止まる勇気と、前に進む勇気の両方をそっと渡してくれるはずだ。
