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浮遊家具

映画 大好き また 始めたいと思います。黄斑変性、SLE、双極性障害で仕事ができなくなり、一人、家の中にいる自分、置き場所のない浮遊して漂う家具のよう。ただ、時間だけが進んだ、治癒は進み現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

製作国・地域:アメリカ上映時間:117分


監督

ジャマン・ウィナンス

脚本

ジャマン・ウィナンス

出演者

Laura Rauch

アンソニー・ヌッチョ

マルティン・アンガーバウアー

Jason Stoval

Ian Hinton






この映画を観て最初に感じるのは、言葉に頼らない表現の強さだ。セリフで丁寧に状況を説明したり、登場人物の気持ちをそのまま言葉にしたりするような親切さはほとんどない。そのぶん、映像、表情、空気感、間の取り方によって、登場人物の内面や作品全体のテーマを伝えようとしてくる。普通なら説明不足になってしまいそうな作りなのに、不思議とただ置いていかれる感じにはならない。むしろ、言葉で限定されないからこそ、観る側が自由に受け取り、深く入り込める余地が生まれているように思えた。

主人公エラの存在も、この映画の独特な雰囲気を決定づけている。彼女は非常に静かな存在として描かれているが、その静けさのなかに強い意志がある。ただ受け身で世界に流される人物ではなく、自分の内側にある確信のようなものに突き動かされている。その姿はどこか神秘的でありながら、同時にとても人間的でもある。何かを信じたい、何かに導かれたい、意味を見つけたいという気持ちは、多くの人が少なからず抱えているものだからだと思う。エラの旅や選択は抽象的に見えて、実はかなり普遍的な感情に触れている。

映像面では、全体を包むスチームパンク的な世界観が非常に印象的だった。古びた機械や人工物の質感と、幻想的な光や空間演出が混ざり合っていて、現実のようでもあり、夢の中のようでもある。その曖昧さがこの映画にはとてもよく合っている。ただ美しいだけではなく、少し不穏で、どこか終末的でもあり、見る者を安心させない空気がずっと漂っている。この世界がはっきり説明されないからこそ、観客は風景そのものから意味を探そうとする。背景や小道具まで含めて、映像全体が物語の一部として機能していたように感じた。

物語の構成はかなり抽象的で、一般的なドラマのようなわかりやすい起承転結を求めると戸惑うかもしれない。何が現実で、何が象徴なのか、どこまでを文字通り受け取ればいいのかがはっきりしない場面も多い。それでも作品が完全に崩れないのは、中心にある問いがぶれていないからだと思う。この映画は、信仰、創造、存在意義、孤独、救済といった重いテーマを、ひとつに絞り切らずに重ね合わせて描いている。そのため、観る人によってまったく違う感想になるはずだ。ある人には宗教的な寓話に見えるだろうし、ある人には人間の欲望や依存の物語に見えるかもしれないし、また別の人には、自分の人生に意味を与えようとする切実な心の動きとして映るだろう。

個人的に面白かったのは、この映画が「何を語るか」以上に、「どう語らないか」を強く意識しているところだった。普通の映画なら説明してしまうような部分をあえて空白のまま残している。その空白はときに不親切にも感じられるが、その不親切さが本作の核でもある。全部を説明されてしまったら、この映画の神秘性や余韻はかなり失われていたはずだ。観客に理解を委ねるというのは簡単そうでいて難しく、やり方を間違えるとただ曖昧なだけの作品になる。しかし『Myth of Man』には、少なくとも「何かを感じさせるだけの映像の力」と「考え続けさせるだけのテーマ性」がある。だからこそ、曖昧さが弱点であると同時に魅力にもなっている。

一方で、この映画が人を選ぶのも間違いない。テンポよく物語が進む作品や、感情の起伏がはっきりしている作品を好む人には、かなり退屈に映る可能性がある。観ている最中に「結局これは何の話なんだろう」と距離を感じてしまう人もいると思う。実際、この作品は観客に能動的な鑑賞を求めてくる。受け身でストーリーを追うのではなく、自分なりに意味を拾いながら観る必要がある。だから、映画にわかりやすさや整理されたメッセージを求める人には、少し厳しいかもしれない。

それでも、こういう映画が持つ魅力は確かにある。観終わった瞬間に「面白かった」とすぐ言い切れるタイプではないのに、数時間後や翌日になってから場面や感覚がじわじわ蘇ってくる。あの沈黙は何だったのか、あの旅は何を象徴していたのか、あのラストは救いだったのか、それとも別の何かだったのか。そうやって作品があとから頭の中で動き続ける。映画館を出たあとまで終わらない映画、と言ってもいいかもしれない。

ラストについても、この作品らしく明快な着地はしない。すべてがきれいに整理されるわけではなく、むしろ最後まで解釈の余地を残したまま終わっていく。その終わり方に物足りなさを感じる人もいるだろうが、自分としては、この映画にとっては正しい終わり方だったように思う。はっきり答えを出さないからこそ、作品全体に流れていた不安や祈りのような感覚が最後まで保たれていた。

総じて『Myth of Man』は、派手な展開やわかりやすい感動を求める映画ではなく、静かに観客の内側へ入り込んでくるタイプの作品だった。観やすいとは言いがたいし、万人受けするとも思わない。けれど、映像表現の力を信じた映画、説明しすぎない映画、観客に考える余白を残す映画が好きな人にとっては、かなり印象深い一本になるはずだ。理解するというより、迷いながら受け止める映画。そしてその“迷い”こそが、この作品のいちばん大きな魅力だったように思う。