あらすじ
U.C.0105、シャアの反乱から12年——。
圧政を強いる地球連邦政府に対し政府高官の暗殺という方法で抵抗を開始した「マフティー」。そのリーダーの正体は、一年戦争をアムロ・レイと共に戦ったブライトの息子、ハサウェイ・ノアであった。
不思議な力を示す少女ギギ・アンダルシアにかつてのトラウマを思い出すハサウェイ。彼女の言葉に翻弄されながらもマフティーとしての目的、アデレード会議襲撃の準備を進めるが……。
連邦軍のケネス・スレッグは自ら立案したアデレード会議の支掩作戦とマフティー殲滅の準備する中、刑事警察機構のハンドリー・ヨクサンから密約を持ちかけられる。
そして、ハサウェイ、ケネス、それぞれが目的のために動く一方で、ギギもまた自分の役割のためにホンコンへと旅立つ。
上映日:2026年01月30日製作国・地域:日本上映時間:108分
監督
村瀬修功
脚本
むとうやすゆき
原作
富野由悠季
矢立肇
主題歌/挿入歌
川上洋平
SennaRin
SZA
ガンズ・アンド・ローゼズ
出演者
小野賢章
上田麗奈
諏訪部順一
斉藤壮馬
津田健次郎
早見沙織
武内駿輔
空を飛ぶための巨大な翼を手に入れた。
世界を変えるための名前も手に入れた。
それでもハサウェイ・ノアは、まだ何かに地上へ引かれている。
『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』は、三部作の第二章でありながら、物語を一直線に前へ運ぶ映画ではない。
むしろ立ち止まる。
ハサウェイという青年の中にある迷い、その隣にいるギギ・アンダルシアという少女、そして彼らを取り巻く人間たちの感情へ、前作より深く潜っていく。
宇宙世紀0105年。
ハサウェイは反地球連邦政府運動マフティーの指導者として、腐敗した連邦政府を変えようとしている。
そのためには人を殺す。
理想のために、暗殺という手段を選ぶ。
彼はその矛盾を知らないわけではない。
知ったうえで進もうとしている。
だから苦しい。
そんなハサウェイの近くに、ギギがいる。
彼女は彼を説得しない。
政治について正しい答えを与えるわけでもない。
ただ、見ている。
そして時折、本人が触れられたくないところへ、あまりにも自然に言葉を置く。
上田麗奈の声が、その距離をさらに分からなくする。
無邪気なのか。
計算しているのか。
甘えているのか。
相手を見透かしているのか。
一つの台詞の中でも印象が揺れる。
だからギギは「謎めいたヒロイン」という言葉だけでは収まらない。
彼女自身も揺れている。
その不安定な人間がそばにいるからこそ、革命家として自分を固めようとしているハサウェイまで揺れてしまう。
「キルケーの魔女」という副題が、ここで効いてくる。
魔法を使って人間を変えるのではない。
その人の中にもともとあったものを、隠しておけなくする。
ギギといるとき、マフティーという名前の奥からハサウェイ・ノアが出てきてしまう。
この映画は、そんな人間たちを驚くほど美しい風景の中へ置く。
海。
雨。
濡れた地面。
夜の光。
水面に崩れていく街の明かり。
村瀬修功監督の画面には、巨大な物語を急いで説明するより、人がそこにいる時間を見つめようとする瞬間がある。
歩く。
座る。
食事をする。
誰かを見る。
返事をするまで少し黙る。
その何でもない間に、人間関係がほんの少し変わっている。
そして、その静けさをモビルスーツが引き裂く。
ここから映画の身体感覚が一変する。
モビルスーツは格好いい。
しかし、それ以上に巨大で、重く、怖い。
機体が高速で通過すると空間そのものが震え、推進音や駆動音が画面の外側まで機体の存在を広げていく。
映像が大きさを見せる。
音が質量を身体へ伝える。
だから戦闘を眺めているというより、その近くに放り込まれたような感覚になる。
そこで忘れられないのが、地上にいる人間だ。
空を飛ぶモビルスーツから見れば一瞬の閃光でも、その真下には生活がある。
建物がある。
道がある。
逃げる人がいる。
誰かにとっての華々しい戦闘は、別の誰かにとって突然空から降ってくる災害になる。
その視点を残したまま戦闘を描くから、この映画ではモビルスーツの格好よさと恐ろしさを簡単に分離できない。
そして、その矛盾はそのままハサウェイへ戻ってくる。
彼もまた、遠くから見れば革命家だ。
腐敗した世界を変えようとする者。
だが地上へ降りれば、その理想のために傷つく一人一人の人間がいる。
世界を変えるという大きな言葉と、そのために失われる小さな生活。
ハサウェイは、その両方が見えてしまう場所にいる。
だから彼の迷いは、革命家としての欠陥ではない。
むしろ人間がまだ残っている証拠にも見える。
迷わなくなった瞬間、彼はもっと強いマフティーになれるのかもしれない。
しかし、そのときハサウェイ・ノアはどこへ行くのだろう。
ギギが触れているのは、まさにそこなのだと思う。
そして映画を覆っていた水や空まで、少し違って見えてくる。
人類は宇宙へ出た。
巨大な機械は重力を振り切り、空を自在に飛ぶ。
それでも人間は、過去も、罪も、誰かへの感情も置いていけない。
身体が地球から離れても、心まで無重力にはならない。
ハサウェイも飛ぼうとしている。
父たちの世代が作った世界から。
地球連邦という巨大な制度から。
そして、自分が背負ってきた過去から。
そのための翼は、もう持っている。
けれど、この映画を観ていると、本当に人を飛べなくしているものは重力なのか分からなくなってくる。
巨大な機体が空を裂いていく。
その姿は、息を呑むほど美しい。
けれど地上には、まだハサウェイ・ノアがいる。
