あらすじ
生態系が壊れてしまった地球。一部の富裕層のみが城塞都市“シタデル”に暮らし、ほとんどの貧しい人々は危険な外の世界で僅かな資源を奪い合うように生活していた。そんな外の世界に寝たきりの父と二人で暮らす 13歳の少女ヴェスパーは、ある日危険な森の中で倒れている女性カメリアを発見する。シタデルの権力者の娘であるという彼女は、共に墜落した飛行艇に乗っていた父親を探してほしいとヴェスパーに頼み込む。もしかするとシタデルへの道が拓けるかもしれない、父の制止を振り切ってカメリアの頼みを聞き入れるヴェスパー、しかし辺り一帯を支配する残忍なヴェスパーの叔父ヨナスもまた、墜落した飛行艇の行方を追っていた……。
製作国・地域:リトアニア フランス ベルギー上映時間:114分
監督
クリスティーナ・ブオジーテ
ブルーノ・サンペル
脚本
クリスティーナ・ブオジーテ
ブルーノ・サンペル
ブライアン・クラーク
出演者
ラフィエラ・チャップマン
エディ・マーサン
ロージー・マキューアン
リチャード・ブレイク
メラニー・ゲイドス
エドモンド・デーン
つぶやき
派手なアクションも大きなカタストロフもないが、痛々しいほどに孤独で、美しく、そしてどこか優しさを感じさせるSF世界。その世界の質感があまりにリアルで、気がつけばヴェスパーの背後に寄り添うようにして物語を追っていた。
まず何より心を奪われるのが、この映画のビジュアルだ。枯れ果てた地球に異常進化した植物たちがうごめく世界は、どこを切り取っても絵画のように完成されている。緑は生の象徴ではなく、むしろ死の影をくっきりと浮かび上がらせる存在として描かれ、人間が自然を制御するどころか生存すら脅かされている状況が、ただ画面に映るだけで伝わってくる。その「美しいのに怖い」「魅力的なのに毒を含んでいる」という質感は、映画全体の独自性を形作っていた。
主人公ヴェスパーは、まだ幼いにもかかわらず、大人以上の責任と孤独を背負っている。生き延びるために小さな実験を繰り返す姿や、父を支えながら日々を乗り切ろうとする健気さは、ただ悲しいだけではなく、芯に強さが宿っている。その強さは、周囲を威圧するものではなく、静かに燃える種火のようなもので、観客は次第に彼女の世界を見る視点に寄り添う。彼女の表情やしぐさは繊細で、言葉少なでも感情が伝わってくる。特に、ほんの少しだけ希望が差し込む瞬間に見せる微かな笑みは、荒廃した世界のなかで光の粒を見つけたような気持ちにさせられる。
物語自体は決してスピーディではない。むしろゆっくりとした歩みで進んでいく。しかし、そのテンポこそが、この映画の世界観と深く結びついているように感じた。急ぐことができないほど壊れてしまった世界で、ひとつひとつの選択が重く、日常の営みですら生存と隣り合わせ。そんな中で出会う他者は、天使にも悪魔にもなりうる存在だ。特にカメリアの登場はヴェスパーの世界に波紋を広げ、物語が少しずつ希望と残酷さを帯びていく。信頼とは何か、共存とはどういうことか、その曖昧な境界線を描く手つきが非常に巧みで、観る側の感情も揺さぶられる。
また、映画が提示するテーマはシンプルでありながら重い。資源の独占、遺伝子操作、階級構造……。現代社会にも通じる問題が、荒廃した未来というフィルターを通してより生々しく表現される。だが、本作は決して説教臭いわけではない。むしろ登場人物の選択と生き様を通して静かに問いかけてくるタイプのSFであり、観客自身が「もしこの世界にいたら何を選ぶだろう?」と考えずにはいられなくなる。
終盤、ヴェスパーが示す決断は、希望とも破壊とも取れる多義的なもので、映画全体の余韻をさらに深いものにしている。世界を根本から変えてしまうような力を、あの小さな少女が持ってしまったことの意味。絶望に満ちた風景のなかでも、小さな人間の行動が未来を大きく揺るがす可能性を持つのだと、改めて強く感じさせられた。
『VESPER/ヴェスパー』は、静謐でありながら強烈な生命力を秘めた作品だ。ビジュアルの美しさに惹き込まれ、主人公のひたむきな生き方に胸を打たれ、世界の残酷さと優しさの両方を噛みしめることになる。派手ではなくても、確かな手触りを持った映画を求めている人には、ぜひ観てほしい一作だと思う。
