機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女(2026) | 浮遊家具

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映画 大好き また 始めたいと思います。黄斑変性、SLE、双極性障害で仕事ができなくなり、一人、家の中にいる自分、置き場所のない浮遊して漂う家具よう。ただ、時間だけが進んだ、治癒は進み現在に至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あらすじ

U.C.0105、シャアの反乱から12年——。
圧政を強いる地球連邦政府に対し政府高官の暗殺という方法で抵抗を開始した「マフティー」。そのリーダーの正体は、一年戦争をアムロ・レイと共に戦ったブライトの息子、ハサウェイ・ノアであった。
不思議な力を示す少女ギギ・アンダルシアにかつてのトラウマを思い出すハサウェイ。彼女の言葉に翻弄されながらもマフティーとしての目的、アデレード会議襲撃の準備を進めるが……。
連邦軍のケネス・スレッグは自ら立案したアデレード会議の支掩作戦とマフティー殲滅の準備する中、刑事警察機構のハンドリー・ヨクサンから密約を持ちかけられる。
そして、ハサウェイ、ケネス、それぞれが目的のために動く一方で、ギギもまた自分の役割のためにホンコンへと旅立つ。






製作国・地域:日本上映時間:108分


監督

村瀬修功

脚本

むとうやすゆき

原作

富野由悠季

矢立肇

主題歌/挿入歌

川上洋平

SennaRin

SZA

ガンズ・アンド・ローゼズ

出演者

ハサウェイ・ノア      小野賢章         

ギギ・アンダルシア    上田麗奈

ケネス・スレッグ      諏訪部順一

レーン・エイム        斉藤壮馬

ガウマン・ノビル      津田健次郎

ケリア・デース        早見沙織

イラム・マサム        武内駿輔






つぶやき

ついに公開された『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ キルケーの魔女』を観終えて、まず最初に感じたのは「やはりこれは“ハサウェイの物語”なのだ」という当たり前でいて重い実感だった。これまでのシリーズが積み上げてきた緊張感や人間関係が、ここに来て一つの頂点に達した印象がある。

物語は前作から地続きで始まる。マフティーとして活動を続けるハサウェイ・ノアは、理想と現実の狭間でさらに追い詰められていく。その姿はもはやヒーロー的な主人公というより、歴史の歯車に巻き込まれた一人の青年だ。今回の副題である「キルケーの魔女」はギギ・アンダルシアを象徴する言葉として使われているが、この表現が実に的確だった。

ギギという存在は、前作でもミステリアスで魅力的なキャラクターとして描かれていたが、本作ではさらにその役割が明確になる。彼女はハサウェイにとっての安らぎであり、誘惑であり、そして破滅への導き手でもある。そこでどうしても頭をよぎるのがクェス・パラヤの影だ。ハサウェイの心の中で、クェスの存在は本当にギギへと変わってしまうのだろうか――この問いが映画全体を貫いている。

作中でハサウェイが見せるギギへの執着や戸惑いは、明らかにかつてのクェスへの想いと重なっている。しかし完全に上書きされているわけではない。むしろハサウェイは、ギギという新しい存在を通して、クェスという過去の呪縛と向き合わされているように見える。だからこそ、ギギは単なるヒロインではなく、ハサウェイの内面をえぐり出す“魔女”なのだと強く感じた。

物語のクライマックスへ向かうにつれ、人間ドラマの比重はさらに増していく。政治的駆け引き、マフティー内部の不和、連邦軍側の思惑――それらが複雑に絡み合い、ガンダムらしい重厚な群像劇が展開される。その中でハサウェイは徐々に逃げ場を失っていくのだが、その追い詰められ方があまりにも生々しい。

一方で、本作の大きな見どころであるバトルシーンについても触れておきたい。市街地戦、夜間戦闘、最新鋭モビルスーツ同士の激突など、映像としての完成度はさすがの一言だ。細部まで描き込まれたメカ描写や重量感のある動きは、間違いなくハサウェイシリーズならではのリアリティを保っている。

ただ正直に言えば、「最近のアニメは凄いので少し物足りなさを感じた」というのも偽らざる本音だ。近年のアニメ作品では、CGと作画を極限まで融合させたド派手なアクションや、カメラワークの自由度がとんでもないレベルに到達している。その基準で見ると、本作の戦闘は良くも悪くも“正統派ガンダム”の延長線上にあり、驚きという点ではやや控えめだったように思う。

もちろんそれが悪いわけではない。むしろ本作は、アクションの派手さよりもドラマ性や空気感を重視した作りになっている。だからこそ戦闘シーンも、過剰にエンタメ化されることなく、物語の一部として地に足のついた描写になっているのだろう。その意味では非常に誠実な作風だ。

終盤、ハサウェイが下すいくつかの決断は、観ている側に強烈な苦みを残す。正義とは何なのか。理想のために人はどこまで進めるのか。そしてギギという“魔女”に導かれた彼の行き着く先はどこなのか――。エンドロールを眺めながら、答えの出ない問いだけが胸に残った。

この映画は決して万人受けするタイプの作品ではない。爽快感よりも息苦しさが勝ち、ヒーローの勝利よりも人間の弱さが前面に出る。それでも、だからこそ心に深く刺さる。『閃光のハサウェイ』というシリーズが目指しているのは、単なるロボットアニメではなく、時代と人間を描く骨太なドラマなのだと改めて思い知らされた。

そして観終えた今もなお考えてしまう。ハサウェイにとってクェスは永遠の呪いなのか、それともギギという新たな光によって救われるのか。おそらくその答えが出るのは、まだ少し先の話なのだろう。

次章への期待と不安を抱えつつ、静かに余韻へ浸りたくなる――そんな一作だった。