あらすじ
第二次ネオ・ジオン戦争(シャアの反乱)の終結から 12 年が経過した U.C.0105― 。人類と宇宙世紀の未来を示すかと思われた“アクシズ・ショック”を経ても、世界は変わらず混乱状態にあり、断続的に軍事衝突が発生していた。地球連邦政府の腐敗もさらに進んでおり、上層部は地球の汚染を加速させただけでなく、強制的に民間人を宇宙へと連行する非人道的な政策「人狩り」を行っていたのである。
そんな地球圏の腐敗に立ち上がったのが、「マフティー・ナビーユ・エリン」と呼ばれる人物が率いた反地球連邦政府組織「マフティー」であった。
製作国・地域:日本上映時間:95分
監督
村瀬修功
脚本
むとうやすゆき
原作
富野由悠季
矢立肇
主題歌/挿入歌
[Alexandros]
出演者
小野賢章
上田麗奈
諏訪部順一
斉藤壮馬
古谷徹
津田健次郎
石川由依
落合福嗣
武内駿輔
松岡美里
沢城千春
種﨑敦美
山寺宏一
つぶやき
続篇が上映ということで『機動戦士ガンダム 閃光のハサウェイ』をもう一度見直してみた。
まず驚かされたのは映像の質感だ。これまでのガンダム映画ともテレビシリーズとも違う、実写映画に近い重厚さと空気感がある。モビルスーツは単なるアニメ的メカではなく、そこに“本当に存在している巨大兵器”のように描かれている。市街地での戦闘シーンでは、上空で繰り広げられる戦いを地上の人々の視点から映し出すカットが多く、爆風や衝撃に巻き込まれる恐怖が生々しく伝わってきた。ヒーロー同士の爽快なバトルというより、災害に近い描写だ。その演出が、この物語のシリアスさを強く物語っている。
物語の舞台は『逆襲のシャア』から12年後の宇宙世紀。主人公ハサウェイ・ノアは、かつてアムロやシャアの戦いを間近で見てきた少年が成長した姿だ。彼は反地球連邦組織「マフティー」のリーダーとしてテロ活動を行っている。かつて正義に憧れていたはずの少年が、いまは武力によって世界を変えようとしている――その皮肉な構図が、この映画の核心にある。
ハサウェイという人物は非常に複雑だ。冷静で理知的に振る舞いながら、心の奥には過去の後悔やトラウマを抱え続けている。自分の行いが本当に正しいのか、犠牲を出してまで成し遂げるべきことなのか、その迷いが常に彼の表情の端々ににじむ。ヒーローらしいカリスマ性というより、どこか危うく不安定な青年として描かれている点が印象的だった。
そしてこの映画で強烈な存在感を放つのが、ギギ・アンダルシアだ。彼女は一見すると自由奔放で気まぐれな少女のようでありながら、人の本質を見抜く不思議な洞察力を持っている。ハサウェイ、そして連邦軍のケネス大佐との三角関係のような構図は、単なる恋愛要素ではなく、それぞれの立場や価値観を映し出す鏡のような役割を果たしていた。ギギがいることで、ハサウェイの内面がより浮き彫りになっていく。
全体の構成としては、決してわかりやすいエンターテインメントではない。説明は多くなく、会話もどこか抑制的で、観る側に考える余白を与える作りになっている。ガンダムをまったく知らない人にとっては少しとっつきにくい部分もあるかもしれない。しかし、その静かで重い語り口こそが、この作品の魅力でもある。戦争やテロ、政治、そして個人の正義――そうしたテーマを軽々しく扱わない誠実さが感じられた。
音響も非常に印象深い。劇伴は過剰に感情を煽ることなく、むしろ緊張感をじわじわと高めていくタイプで、映像と一体になって独特の雰囲気を作り上げている。特に夜間戦闘のシーンでは、暗闇の中で響くビーム音や機体の駆動音が恐ろしくリアルで、映画館で観る価値を強く感じた。
一方で、この作品はあくまで“三部作の第一章”であり、物語としてはまだ序章に過ぎない。大きなカタルシスがあるタイプの映画ではなく、多くの謎や葛藤を抱えたまま幕を閉じる。その点では消化不良に感じる人もいるだろう。けれど個人的には、この余韻こそが『閃光のハサウェイ』らしさだと思う。答えを簡単に提示しないところが、いかにも富野ガンダムの系譜らしい。
観終わって最も強く感じたのは、「ガンダムはやはり大人の物語なのだ」ということだった。勧善懲悪ではなく、誰もが矛盾を抱え、正義の形が人によって異なる世界。その中でもがき続けるハサウェイの姿は、単なるアニメの主人公というより、ひとりの不完全な人間そのものだった。
続編では彼がどんな結末へ向かうのか。希望なのか、破滅なのか。
その行方を見届けるためにも、この第一作は非常に完成度の高い“静かな衝撃作”だったと思う。
