昨日、夕飯後に図書館から借りて来たDVD、松竹新喜劇版
『上州土産百両首』を家人と二人で見ました。

 

この演目と云いますと、歌舞伎の演目としてご存知の方が多いでしょうか?

歌舞伎では出演した事もありますし、今の猿之助さんの浅草歌舞伎でも出演しておりました。

大衆演劇の方でも何度か見ております。

残念ながら、私は拝見した事はありませんが、落語でもあるのですね。

 

松竹新喜劇版は、実は今回初めて見る事になります。
お話はもちろん歌舞伎や大衆演劇での『上州土産両旅首』に違いないのですが
描き方が全く違い ある意味驚きました(笑)


歌舞伎版では江戸のお話になっており、お尋ね者となって帰って来た
正太郎は牙次郎と浅草の待乳山聖天で会う事になっておりますが、
松竹新喜劇版では大阪、それも道頓堀のお話で 会う所も
西成の天神の森、聖天山になっております(笑)

 

ま、これは新喜劇の地元が大阪道頓堀、中座が拠点ですから
別に場所が変わってもお話の内容には変わりはありません

 

 

場所よりも 大きな違いは、藤山寛美さんの牙次郎に焦点が合わされており
正太郎の摺り仲間の親分や兄貴分が登場せず、上州舘林の場面もまるっきりなく
従いまして、兄貴分を殺す場面がありません

 

これは寛美さんが主役ですから致し方ないですね。

 

正太郎と牙次郎がお互い 摺りの足を洗い真面目に暮らし 5年後に遭おうという
隼の勘次の前で振り返る過去の事となっており その5年後が5日後と云う設定です。

正太郎は、上州で殺しがあったが、なぜか大阪を目指して帰っ来るらしいと云う
岡っ引きのうちでの人相書きの前で説明の場面で終わっております。


そして本来、牙次郎が岡っ引きの手下となる経緯は隼の勘次親分のうちですが、
勘次は江戸の名だたる岡っ引きで 大阪へは娘婿の岡っ引き千太郎のうちに滞在しており 
牙次郎は勘次の口利きで千太郎の手下になっているという、
勘次のお役が二人に分割されております。

 

捉え方が逆に牙次郎ひとりに焦点を絞り 脚本が面白いなあ~と思いました。

 

同じ話も、どちらの視点から見るのか、どちらに重きを置くのかで、

全く違った印象になるのだと云う事を 改めて実感致しました。

 

とにかく藤山寛美さんの独壇場で充分、笑わせて泣かせてくれるお芝居でした。

 


江戸の岡っ引き 隼の勘次に新国劇の島田正吾さんをゲストに迎えての上演ですが、
ある意味 ちょっと寂しくも思いました。

 

私が見ましたこの作品は1985年(昭和60年)6月名古屋御園座で収録されたもの。

 

すでに劇団員であった小島秀哉さんや曾我廼家鶴蝶さんが退団され、
この5年後には寛美さん自身が亡くなられて居られます。


私は松竹新喜劇の全盛期を知っております。

色んな事があり座員さんたちがどんどん辞められ 島田正吾さんのように
次から次と 大きなゲストを迎えないと劇団の上演が成り立たなくなった時期です。

 

244ケ月、20年以上にわたって1日も休む事なく お芝居を続けて来られた寛美さん
しかしそれは並大抵の事ではありません

 

おもだかや一門も厳しい日程の時期もありましたが、これほどではありませんでした。

座員さんは肉体的にも 精神的にも大変つらい思いをされたでしょうね。

 

先の小島秀哉さん 曾我廼家鶴蝶さんもお辞めになる時には
「もう 体がつづかない」と云うのが理由だったそうです。

 

このあたりで藤山寛美さんも体調を崩されて居られます。
難しいですね。

 

 

その時期に逆に今の様な自粛要請が出される様な出来事が
もしもあったとしたら・・・。

歴史にたらればはありませんが、そんな事を感じました。


でも、松竹新喜劇が 藤山寛美さんが今でも見られるというのは
文明の利器に感謝です。

 

もうひとつの『はなの六兵衛』は 1、2日のうちに見せてもらいます。

『上州土産』のようなシリアスな作品ではなく 笑いが真骨頂、
単純に楽しませて貰います(笑)