それは、痛みや苦痛も伴う体験ではありながら、それは私にとって
未体験ゾーン未知との遭遇
どこか冒険的な体験でもあったのだなぁ~~と思う。
子宮内膜症というのは、月のリズム(女性の)と共に、剥がれ落ちて、外に排出されるべき経血が、逆流して腹膜内に流れ出て臓器に付着してゆくというもの。ざっくり言うとね。
この流れから紐解いてみると、本来出すべきものがあるのに、出さずに押さえ込んで、内側に貯めていくというエネルギーのベクトルができ、その流れが生み出されていくということになっています。
この子宮内膜症は、原因不明と言われていて、ホルモンバランスを調整し、月経を止めることや薬で抑えるなどの治療しか対処としてはなく、それによって病気という状況になったら、それを切ることなどの治療になっていくわけなのです。
なので、繰り返します!内膜症とういう逆流のエネルギーの流れがあるかぎり。線路は続くよどこまでも・・・てきに。生理があるうちは、少しずつ逆流による滞留をおこしつづけることになるわけです。
そう、察しの良い読者の方には、ここで見えてきたのではと思うのですが。。。
私自身、自分の心のうちや本音を出さずに生きてきました。それは、決して何も思っていないのではなく、強烈に出したい、吐き出したいものがあるのに、それを押し込めてきたわけです。
そのような感情の抑圧は、いずれどこかで滞留をおこし、停滞していることによって、カラダの内部にも不具合をひきおこしていくわけです。
感情というのは、病気や症状ができる、本当に一番の入口にあり、そこに揺れ動きながら発しては消えてゆくエネルギーだからです。
その時にしっかり出していれば、そこまでの滞留を生むまえに、流れていくのですが。私の場合は、ほとんど大事なことほど言わないという年月が長かったので。その間に蓄積された感情が、カラダに作用して、そこに病気という現象を造りだしていったのです。
流れてきにも、自分の心がどのようなエネルギーの滞留・流れを造りだしてきたか?に類似した症状がでているというわけなのですね。
カラダって本当に不思議ですが、偉大な自然の叡智そのものなんです。
そして、、、こぶし大くらいになるほどに、自分を押さえつけて、感情をため込んだ私の右卵巣はオペによって摘出されました。
デジカメもなかった時代ですが。。。母に写真撮影をお願いしていました。(摘出した卵巣の)術後、痛むカラダでぼーっとする中で、先生が見せてくれた私の卵巣。。。
これだったのかぁ~~~!という感動の横で、母が
「本当に撮るの!?」
と、少しおこったような真面目口調で聞いてくれたので、
「うん、撮って」
とお願いした私だった。今でもその写真が残っていたら。。。ほんっと話のネタになるのに。残念でしかたない。もう捨てて空に還ってしまったあの写真。誰か念写で蘇らせてくれるとよいのにな。
その時の印象は・・・べっとり癒着した経血が、どこか苦悩しているような顔のように見えた記憶だけが今もうっすら残っている。
ちなみに、、、卵巣嚢腫とはいろいろ種類があるそうで、髪の毛のようなものとか、くしのような形をした腫瘍が内部にできることもあるそうなのだ。それっていったい何をカラダは言おうとしているんだろぉ~~~。私の知り合いは、捻転まで起こして壮絶な痛みを体験したらしい。
同じ病名でも、その出来方、あり方には個性があるようだ。