自分の存在と孤独/ボディイメージ(身体像) | 股関節が硬い 徹底究明!中村考宏の超スムーズ股関節回転講座

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骨盤後傾から骨盤をおこし股関節を超なめらかに。体幹と四肢を連動させ動きの質を追及する。運動とは人の重心が移動することである。運動を成立させるべく構造動作理論(Anatomical Activity)に基づくトレーニング方法と身体観察について綴ります。


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最近、ふと思い耽ることがある。
毎日の生活の中で自分自身が何のために存在し生活を営んでいるのか?
ということである。

知人たちに話をすると、
普通はもっと若いときに悩むよ。
といわれるが、私はこの歳になるまで考えたことがなかった。

それは私が自分の思うがままにここまできていて、
止って考えることがなかったからだと思う。
しかし、ここにきて深部感覚をテーマにしているせいなのか、
内なる自分にスイッチが入ったのかもしれない。

どうして自分がこの世界に存在しているのか?
結論がでないテーマであるから多くの人が悩むのではないかと思う。

私は12年前に足の怪我によって感覚を失う経験をした。
感覚を失った世界というのは外部の世界と内部の世界に
自分の境界線がなくなる。
暗い世界に自分の輪郭すらない自分の意思のみの世界。
これは内なる孤独と表現できる。

もともと私は好き嫌いがはっきりしていて、
付き合う知り合いも多くはないが、
一人ぼっちということはない。

しかし、内なる孤独というのは社会生活を営んでいたとしても孤なのだ。
だから外部の世界に何人も知人がいたとしても
自分の中身は外部刺激のみで内部刺激が生じない。
例え、無理をして愛想を振りまいて外部に知人を留めておいたとしても
内部に刺激は生じないから、それで自分の中身が安心するわけでなく
孤独という不安からは逃れられない。

私は感覚を失った経験がターニングポイントになり
自分という存在が何で構成され作られているのか
ということをボディアプローチで問うてきた。
外部と内部の世界に自分という境界線が描かれ、
からっぽの内部に身がいく分か注がれてきたが
それでも自分自身が何のために存在し生活を営んでいるのか?
ということの結論は出ない。

それは、まだ自分の体の絶対的な所有者になっていないから?
かりに自分の体の絶対的な所有者になっていたとして、
満足なコントロールができていないから?
いろいろと条件が揃ってない段階で結論が出ないのも無理はないと思う。

しかし、内部で刺激が生じるようになり内なる孤独という状態からは遠ざかった。
それから、ボディアプローチで内なる姿勢、身体像に語りかけることで、
それが自分自身と向き合っていることなのだろうと思うが、
何か自分の存在ということに少なからずとも自信というか納得感のようなものがある。

もしかしたら、自分自身と向き合うことが、
「何のために存在し生活をいとなんでいるのか?」の結論なのかもしれないと、
益々、構造動作トレーニングに打ち込む意欲が沸き上がってきた。


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