父が亡くなってから13年が経ちますが、
アメリカに住んで しかもまとまった休みも取りにくく、さらに「実家」の家がない現在、
物理的に日本に帰ってさらに地元に行って法要を行うことが難しい状態にあります![]()
(なお、母はさらに昔に亡くなっており、もともと兄弟もいないので「日本にいる家族に任せる」という選択肢はありません)
そこで第一に、「海外に住んでいるため日本での法事を執り行うことが困難な人たち」が実際のところどうしているのか? を調べてみました。
すると一番多いパターンは、
「(日本には帰国せずに)命日に自宅で手を合わせる」
ということのようです。
どうしても我々は、節目には法要(法=親族集合+お寺+会食+引き出物)が必須であると考えてしまいますが、
肝心なのはその「気持ち」であり、亡くなった故人のことを特に深く思い返す、という行為があれば、
むしろ形式だけの気持ちが向いていないような法要を行うよりも弔いとしては大きい、という考え方です。
また、「墓参りと法要を切り離す」という考え方も多いようです。
「命日はアメリカで父を偲ぶ」 「2〜3年後に日本へ帰省した時に墓参りする」
という形であっても、特に不自然ではないと考えられるようです。
もう一つの観点として、「コロナ禍以降の法事の常識の変化」ということがあるかと思います。
コロナ禍の最中では、
・親族を呼ばず家族のみ
・会食なし
・お弁当の持ち帰り
・オンライン参加
・法要自体を延期
といった対応が広がったそうですが、
さらにコロナ禍が落ち着いた現在でも、その簡素化したスタイルが定着しつつあるということです![]()
今では、住んでいる場所に限らず一般的に、
・一周忌・三回忌は親族中心
・七回忌以降は家族だけ
・会食なし
という形がごく普通に受け入れられているようです。
確かに、数年前に私の親戚のおばさん(私の母の姉に当たる人)が亡くなった時も、
アメリカに住んでいて連絡が取りにくい私だけでなく、
日本の、しかも地元に住んでいる他の親族の方々もよばれずに、家族の中だけで法事を完結させたそうで、
日本の法事の在り方の変化を感じたものでした。
ちなみにそのおばさんは、生前には本当に良くしてくれた方で、
日本に住んでいたころも、地元に行く用事があるときにはできる限りそのおばさんの家に挨拶しに行っていました。
その後認知症が進み、ほとんどのことは忘れてしまい、まともな会話ができない状態になられてしまいましたが、
最後に2019年にアメリカに発つ前に伺ったところ、私の顔は覚えていてくださったようで反応してくださり、
そして「またアメリカに行く」という話をしたところとても寂しそうな顔をされました。それが私がおばさんとお会いした最後だったと思います
そのような状況を踏まえて、
今回の父の命日は、うちの奥さんが用意してくれた菊の花を位牌のところに飾って、
故人を思い返す日(なお私は毎日朝晩必ず両親と祖父母に手を合わせています)とさせていただきました。
次に日本に一時帰国する際には(もしくは日本に完全帰国する際には)
お墓参りに行く時間を必ず作りたいと思います。