うちの奥さんの誕生日で思い出す、誕生日プレゼントの思い出 | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

ところで私は、誕生日プレゼントに関して、ちょっとしたトラウマのようなものを子供の頃からずっと持ち続けていますOMG

あれは小学二年生になったばかりの頃、

当時私は、家の引っ越しに伴って隣町の小学校へと転校してきたばかりでした。

その小学校は前の小学校と比べてかなり規模が小さく、二年生は1クラスのみ、男子16人女子15人ということで 一学年わずか31人という規模でした。
※転校前の小学校では、一学年に6クラスくらいありました

そのため、クラスメイトとのつながりが強く、また全員がそれなりに目立つ環境でした。

また、前の学校では皆無だった「友達を家に呼んでの誕生会」というものがそこでは行われていました。
※前の学校でも誕生会をやっていた家はあったのかもですが、私は呼ばれたことはありませんでした_

そして、転校してきてまだ数か月だった私を、比較的近所だったA君が彼の誕生会に誘ってくれましたsmile

ただ、誕生会に招待されたのが生まれて初めてだった当時の私は、「誕生日プレゼントの相場」がわかりませんでした。

そもそも、お金をかけて何かオモチャを購入してプレゼントにするという行為が小学1,2年生のレベルで妥当なことなのかもわかりませんでした。

もちろん今ならば、事前に周囲のほかの友達に聞くなり、親に相談するなりして どうするのが無難なのかを確かめておけば何の問題もなかったと すぐに思いますが_

当時の6歳の私にはどうしていいかわかりませんでしたOMG

しかも悪いことに、その誕生会の日は豪雨でした。


なので近くのお店に行って一応何か買っておく、みたいなことも困難な状況でした。

そうこうしているうちに、そのA君が直接迎えに来てくれて(彼の家がどこかも知らなかった)、

結局何も持たずに彼の誕生会へ行ってしまったのでした。OMG

その誕生会には、ほかにも6~7人のクラスメイトが来ていました。

そして。。

私以外の友達は皆、誕生日プレゼントを持ってきていましたOMG

500円未満くらいの、ちょっとしたプラモデルとか、漫画コミックとか、そのようなものです。

ところが何も持ってこなかった私は、みんながプレゼントを贈呈している間、物陰に隠れてその場をやりすごしてしまったのですOMG

・・それこそ今にして思えば、「ゴメン、雨で買いに行けなかったので明日持ってくるね」とでも言えば何の問題もなかったのですが、

当時の私は何もせずに、うやむやにしようとしてしまったのでしたOMG

翌日からそのA君をはじめとする、その他の誕生会に来ていた友達たちの私に対する態度は一変

友達というよりは、」のような態度をとられるようになってしまいましたOMG

しかも1学年1クラス、男子は16人しかいない狭い世界でしたので、クラス替えで状況が変わるとか、いくつかのグループができてあまり干渉しなくなるとか、そういったことも起こりえず、

自分で蒔いた種ですが_居心地の悪い小学生時代を過ごしたのでしたOMG


・・その程度のことは、その後の人生の中で起きたもっと深刻な問題や失敗、事件に比べたら大したことではないと 客観的には思いますが_

何分 まだ6歳だったころの体験だったため その失敗がいつまでも心に残っており、

誕生日プレゼント」のことになると必ずあの時のことを思い出してしまいますOMG

・・もう50年以上前のことなのですが。。_

もしも人生をある時点まで巻き戻してやり直せるとしたら、私はそのA君の誕生会の日からやり直したいですlaugh



そして、あれから半世紀以上の時を経て今、とうとう因果応報の時が来たかと思いました_

私の今年の誕生日の際に、うちの奥さんが、煮え切らない感じで 私の誕生日プレゼントをスキップした(ように見えた)のです。

誕生日自体は祝ってもらえて、ケーキを用意してくれたりはしたのですがsmile

プレゼントに関しては、「用意する暇がなかったから後日。。」と言っていて、

その後すぐに日本旅行があったので、きっと日本で何か買ってきてくれるものと信じて一か月待ちましたが

帰国後もプレゼントはなく、結局プレゼントに関して何も言及さえしてもらえないまま

さらに月日が過ぎていきました_



もちろん私としては、プレゼント自体の中身が何であれ、「誕生日のプレゼントがもらえる」というイベントさえ発動されていれば なんでもよかったのですがlaugh

そのように、煮え切らない感じでなんとなくうやむやになっていく状況が、何とも言えない感情を作りだし、

そして

ああ、50年以上前のあの時、私はA君に対してこのような感情を持たせてしまっていたのだな

と、長い年月を経てやっと本人の気持ちそのままの体験を、想像ではなく現実の中で味わったのでした_



それからさらに時間が経って、先日のうちの奥さんの誕生日の日、

平日だったこともあって大したことはできませんでしたが、

それでも花やバルーンや小さなケーキを用意し、彼女の誕生日を祝い、




大したものは用意できませんでしたが もちろん「誕生日プレゼント」も用意して渡したところ、

サプライズ的に、私へのプレゼントをその時くれたのでしたSurprise

プレゼントは、「地球の歩き方・スターウォーズ編laugh

 


・・もうこの際、プレゼントの内容に関係なく、何かがもらえたというだけで、

この数か月間味わっていた、何とも言えない煮え切らない感情を止めるには十分でしたlaugh

ということで、私の煮え切らない気持ちは収拾がついたのですが、

小学生時代のA君に関しては、とうとう彼も感じていたであろう煮え切らない感情を止めることができないまま、

とうとう半世紀も経ってしまったことは、いまだに心残りです。。

かといって、今頃になって「あの時の埋め合わせ」などと言って何かプレゼントを渡すというのも、

考えただけで痛すぎる行動です_

そもそも、中学卒業以来一度も顔も見ていなければ連絡も取っていないので、今どこで何をしているのか、実家が今も変わらずそこにあるのかもわかりません__

また仮に「小学校の同窓会」なるものが催されたとしても、

当時の30人の同級生の誰一人として私の連絡手段を知らない状況ですし_

すでに私は実家もない(両親も兄弟もいないため地元に帰る場所もない)ため、同窓会の案内を受け取る手段さえありませんOMG

なのでたぶん A君にこの世で会うことはもうないものと思われます。

・・なかなか、「過去に迷惑をかけた人に対して後から埋め合わせをする」という機会は作りにくいものだと思います。