今も続けている日本語補習校のバレーボール練習のボランティア | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

うちの子が日本語補習校中学部を卒業して、高等部には進めなかったので補習校に行くことは無くなってしまいましたが、

私は今も、毎週土曜日には補習校のバレーボール練習のボランティアに行っていますlaugh


基本的には球拾いですが、人数が足りないときにはチームに入って一緒にプレーしていますsmile

特に八月の間は、日本への長期旅行などで不在の子供も多かったため、かなり積極的にプレーさせてもらうことも多く、大変刺激になってきましたlaugh

本来、私は既に部外者ではありますが_

幸い、現在高等部一年生の子供たちとは全員面識があり

※私が高校一年生だった時に、自分の親以外で面識のある父兄など一人もいませんでしたから、これは特異なことかと思います

父兄の皆様にも全員に顔が知られているため(中学部での授業参観日などで私はほぼ必ず質問したり発言したりしていたため、有名になってしまった_)、

不審に思われることもなく、自然に受け入れていただいていますsmile


また、去年までは子供たちがバレーボール練習をしている間は父兄の皆様は公園内のベンチでお茶会をしながら待っていてくださったり、

中には一緒に球拾いをしてくださる方もいたりしましたが、

高等部に入った現在、どうやらバレーボール練習の活動全体を子供たちに任せているようで、

親はドロップオフとピックアップだけ(送り迎えだけ)で、そこにはいらっしゃらない場合が多いです_

したがって多くの場合、私が一人で子供たちを見つつ、練習の手伝いをしている状況です。


ただ私は、単に球拾いをするだけであっても 楽しいからやっている、という状況ですsmile

それなりにスピードの乗ったスパイクを拾う場合、コースの予測と速いダッシュがないと追いつきませんのでlaugh

野球の外野手のような動きが求められ、それなりに楽しいのです。

つまり、日常ではなかなか持てない 激しい運動を定期的にする機会になっていると思います。

・・うちの子が参加しに来ないのが残念な所ではありますが_、一回でも多く参加し続けたいところです。