転職された同僚 | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

先日、出向先の会社の所属チームから、最も近しく働いていた人が退職されましたOMG

彼は、「早期希望退職」の対象者ではなく、またレイオフになったわけでもない、

純粋に自分の意志で、他の会社に移ることを決意されたのでした。


彼がチームにいてくれた期間は1年半くらいと短かかったのですが、

もちろん仕事のパフォーマンスが悪いとか、ついてこれていないとかいった状況では全くなく

辞める気配など微塵も見えませんでした。

なので彼から「辞める」というメッセージを受け取った時、私としては「何故にSurprise」と思っていました。


その後彼の最終日の前にLinkedInでつながったので ちらっと彼のプロフィールを見たところ、

このチームに限らず、だいたいどこも1年半くらいで違う会社に転職したり、違う部門に異動したりされてきたことが分かりました。

・・なのでどうやら、彼は同じところに長くとどまらない、常に新しいところに挑戦していくタイプの人なのですね_


なお、「常に新しいところに挑戦していく」というのは言うは易しですが、

アメリカのIT企業でそれをやるのは相当大変なことだと思いますSurprise

転職や異動を希望するたびに、複数回行われる面接試験をパスしたり、技術力の測定試験にパスしなければなりませんし、

新しい部署や会社で新しい文化の中でまた新たに仕事を覚えて

しかもすぐに戦力として結果を出していくのがどれほど大変なことなのかは、想像に安いところですOMG


・・そういう生き方(1年半くらいで転職する)ができるのは、相当な実力者に限られると思います。

私のように根本的に能力が低い人間の場合、新しい環境やシステムを受け入れるまでに時間がかかったり、最初は右往左往するばかりで結果が出せなかったり、そもそも簡単に入社・異動試験にパスできないので、同じところにしがみつこうとしてしまいます_

また、彼のためにみんなで寄せ書きレターを書いたのですが、


・・思えば私は、その前の会社での25年間の間に 数えきれないほどたくさんの人たちへの寄せ書きレターにメッセージを記入してきましたlaugh


それらを書きながらいつも思っていましたが、

私自身が 大好きだった前の会社を退職するときには、その寄せ書きを生涯の宝物の一つにして、私が死んだら棺桶に一緒に入れてもらおうと思っていましたlaugh

しかし当然ではありますが、レイオフで消された人間にそのようなレターは書いてもらえませんし_
というか書いたら嫌味になってしまいますからね。。

しかもタイミング悪く勤続25周年と重なったため、25周年のお祝いの寄せ書きももらえませんでした__

そういえば小学生の頃、「終わり良ければ総て良し」ということわざが国語の授業に出てきたとき、

その時の国語の先生が「逆に、終わりが悪ければいくらそれまでが良くても 最終的には良かったとは言えないことが多い。例えば人生で大成功して何不自由なく生きてきた人が、最後は残酷に暗殺された、みたいな幕引きだったとすると、その人の人生がいい人生だったとは言いにくいだろう。
という内容のことを言っていたのですが、

今、そのことを実感しています。

私の場合は 前の会社での25年間のうち24年と11か月くらいは これ以上は考えられないほど素晴らしい日々の連続でしたが、

最後に最も悪いタイミング(25年勤続のおめでとうレターをもらう3日前)にレイオフになってしまったため、

 

とにかく四半世紀間やりきったんだグッド!」という気持ちを味わうこともなく、

また、前の会社での社員生活を振り返ろうとすると 最初に「悲しすぎる幕切れだった」という感情ばかりがこみあげてきて、あまり良いことを思い出せませんOMG

 

やっぱり国語の先生の言ったとおり、終わりが悪ければ最終的には良かったとは言えないものですね笑い泣き

なので、今回退職された彼のように、自分で退職を決めて清々しく退職していった人はきっと、

この会社での日々が素晴らしい経験と思い出となって、今後の彼を支えてくれることと思いますsmile


なお、奇しくも彼はスペイン出身ですSurprise

そういえば今回のワールドカップのスペイン代表チームの中に、彼に似た感じの顔の選手がいましたlaugh

そして彼の最終出社日の数日後、スペインが優勝しましたsmile


きっと「母国がワールドカップで優勝した」ということも、

再び新しい人生を歩み始めた彼にとって、力づけの要素になったのではないかと思いますsmile

また、彼の新しい会社は PC業界の超大手、本社はノースカロライナ州と北京の二拠点体制ではあるものの、

100%リモートのためノースカロライナ州に引っ越すといった必要はないのだそうで、laugh

当面はこの辺りに住み続けるということでした。

またどこかで会えることがあるといいですねsmile