一週間ほど前に、うちの子の 日本語補習校・中学部の入学式に参加しました。

うちの子は、前の記事にも記載した通り体調がすぐれない状況でしたが、それでも入学式の式典にだけは参加しました。
・・卒業式の時にも思いましたが、
こういう式典での「校長先生のお話」や「来賓のお話」って、
親になってから聞くと 結構胸に刺さる話があったりして、
一字一句すべてが耳に良く入ってくるのですが、
自分自身が学生だった頃の入学式・卒業式のお話なんて、全く耳に入っていませんでした
。
学生時代は「あ~あ、早く校長先生の話終わらないかな~」などと考えたり、
話にかかった時間を計測して いつが一番長かったかを判定するという 全く本来の意味とは関係のないところに楽しみを見出したりして
、
話の内容など まともに聞いていませんでした
。
うちの子にあとで聞いたところ、やはり私が学生だった頃と同様、まったく耳に入っていなかったことが確認できました
。
ただそのような中、うちの子も印象に残っていたという話がありました。
(もちろん我々親も、とても印象にのこっていた話です)
それは何かというと、「チャンスの神様」という、たとえ話でした。
(既にご存じの方もいらっしゃるかもしれませんが、私としては初耳でした。)
話の内容は
チャンスの神様は、前髪がとても長く、
目の前を通った時に見逃さずにその前髪をぐっとつかめば、チャンスを引き寄せることができる。
だが、チャンスの神様には後ろ髪がないので、
去っていくところを後ろから捕まえることはできない。
また、チャンスの神様は努力を積み重ねている人の前に多くあらわれる傾向にある。
だから、チャンスをつかむためには、努力を積み重ね、目の前に突如あらわるチャンスの神様の前髪をぐっとつかむことだ。
という話でした。
この話を聞いていると、頭に浮かぶのはこんな感じの神様?でしょうか![]()

いずれにしても、ほとんどの子供たちが耳に残らないという入学式のお話の中で、
記憶に残りやすいたとえ話で 人生の格言といえる話をしていただけたのは有難かったと思います![]()
もう一つ、(子供たちの耳に響いていたかどうかは分かりませんが
)印象に残った話は
校長先生も、来賓の方々も、口をそろえておっしゃっていた
「君たちは、アメリカと日本を結ぶ架け橋になれる、特別な存在だ」
ということでした。

平日はアメリカの学校に アメリカ人と全く同様に通ってアメリカの文化の中で学び、
土曜日は日本語補習校で 一週間分の日本の学校の教育を一気に学び、日本語の世界・日本の文化の中で過ごすという日々を
卒業するまで続けるこの子たちは、極めて非凡な存在だと思います。
ただバイリンガルになるということでだけはなく、2国の文化を長期的に感じながら、
きっと自分なりの大きな世界観を構築して大人になっていくのだと思います。
現実には、渡された中学一年生の教科書(日本で配られるものと同じだそうです。ただし美術とか英語などは、こちらの補習校の授業としてはやりません。)を見ただけで、

どれほど大変な日々が待っているのかが伺い知れて、目が回りそうになりますが
、
それでも、これをやり遂げれば、先生がおっしゃっていた「日本とアメリカの架け橋」であることを生かした職業につけるかもしれませんし、
その人生が、我々とは比較にならない広がりを持ったものになるに違いありません。