アメリカで釣りに挑戦する | 55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

55歳過ぎてもアメリカでIT企業のエンジニア・PMとして挑戦します

一昔前なら定年を意識する年齢ですが、家族で夢をかなえるために2019年4月に渡米、現地のIT企業のソフトウェア開発部門のエンジニア・PM(プログラムマネージャー)として挑戦しています。

実は私は釣りをした経験はほとんど皆無でした。

小学生の頃、「釣りキチ三平」が流行っていたころ 簡単なハゼ釣りやフナ釣りなどをしたことがありましたが、まともな釣りにならなかったことのほうが多かったと思います。

それに何といっても40年くらい前のことですから(笑)、今時の「釣り」がどのように進化しているのかも全く知りませんでした。


しかし、うちの子は釣りに大きな興味を示していました。

特にアメリカに来てからというもの、「最もやってみたいことは釣り」だというほど、入れ込んでいました。

しかし、釣りというものがはたから見るほど簡単なものではないことだけは理解していた私としては、乗り気ではありませんでした。

どんなシカケを使うのか、どんな餌が有効なのか、タナはどうとるのか、そもそもどんな魚をどこで釣るのか、わからないことだらけだったからです。


ところでアメリカでは(少なくともワシントン州では)、釣りをする際にはライセンスが必要です。

日本においても、おそらくアユ釣りなどではライセンスが必要だったと思いますが(やったことはありませんが)、ハゼやフナを釣るのにライセンスは必要なかったと思います。

ライセンスはシーズン単位で購入する必要があり、だいたい一人30ドルくらいのようです。

しかし先日、ライセンスがなくても釣ってもいいスペシャルな日があり、うちの奥さんも是非うちの子の長年の願いを聞いてあげてほしいということで、重い腰を上げて挑戦してみることになりました(笑)

なお、餌は このあたりのニジマス釣りには疑似餌を使うのが普通ということでした。
以下のような、Power Balt、 Power Egg といった商品名の疑似餌がよくつかわれているという事で、それらを購入していきました。



釣り場に選んだのは、うちからそれほど離れていないところにある湖でした
ニジマスが定期的に放流されているため基本的には誰でも釣れる、というところに行きました。


しかし、結論から言いますと、釣れませんでした

周囲の人たちは、我々以外は全員数匹は釣っていたのに、です。

用意した道具や餌は基本的には周囲の人たちと同じものであり、特に障害物などもない平坦な湖の中でやっていたので、本来我々だけが釣れないという現象は起こりえないはずでした。(と、少なくともうちの子とうちの奥さんは思っていたと思います。

朝6時半くらいからはじめて、お昼過ぎまでずっとやっていましたので、6時間以上もやっていたのですが。。
うちの子にはかわいそうな思いをさせてしまいました。



ただ、正直私の中ではほぼ想定していた結果でした。

というのは、自分の中で、どういう仕組みで釣れるのか、そのロジックが明確になっていなかったからです。
・・水中のどのあたりの部分を(底面か、中盤か、水面か)、どういう仕組みで餌と針がその狙うべき高さに落ち着くのか、そのシステムが見えなかったのです。

もちろん、Webなどに書かれている通りに仕掛けを用意したつもりでしたが、なにしろそのロジックが腑に落ちていなかったので、見かけだけがそれっぽくてもダメだったのだと思います。


・・それでも、その日の経験と、後日さらにいろいろ調べてやっと腑に落ちました

湖の深さがせいぜい数メートルのその湖では、オモリは完全に湖底についている状態となり、そして餌は浮くものでなくてはなりません。

以下の図のように、餌と針は湖面の比較的上の方にくるように、オモリと針の間の糸の長さを調整する必要があり、そしてその長さがキモなのですね。


ニジマスは比較的湖面の上の方を泳いでおり、また魚の目は下は見えにくい構造になっているそうで、オモリと針の間の糸の長さが短かったらニジマスの目に餌が見えることはなく、結果一生やっても釣れないそうです。


ただ問題は、オモリと針の間の糸をうちの子の身長よりも長くしてしまうと、投げるのが難しくなり、また危険度も増すので、少し短めにしていたのですが、それが敗因だったのだと思います。

次回はその部分を長くして、今度こそ必ずうちの子に一匹でも釣り上げさせてあげたいですね。


なお、我々は釣れなかったものの、周囲の人たちがやさしい人ばかりで、ニジマスを何匹かわけてくださりました。



なので、手ぶらで帰るという事はなく、しかもうちの奥さんが塩焼きにしてくれたニジマスは予想していたよりもはるかに美味しく、食事は楽しくとることができたのでした。