懐かしいエクササイズ。

 

知らない人に写真をお願いするのですが、1年前なら固まっていたところ、15分で8人の方に普通にお願いできてました。

 

自分を守る気持ちで行くかどうかって大きいことを感じます。

アンガーコントロールという研修があったのだけど・・・。

 

講師は演台の後ろから出てこず、ほぼ一方的に話して終了。

 

QAもまともに答えない。

 

研修をしても何も効果はないだろうなって感じました。

 

でも・・・こういう授業っぽい研修が企業にウケるんですよね。

 

講師はこの道20年のキャリアで各種団体の代表を務めているらしいし。

 

この流れを止めなければ!

 

だんだんと業界の終わりが見え始めていて、残り時間との勝負だと感じるこの頃。

 

でも、よくあるパターンは会社を辞めてから外部講師で呼ばれるパターンだよな。

 

それも一興かも。

ほんの少し天から余分の才能を授かっていて、大人しくしておけば安泰な一生が送れる。

 

そうしたいのが世の常ですが、私はそうできない理由があります。

 

長男は能力にいくつか制限があって、支援学校(高校1年生)に通っているのだけど・・・。

 

ある日、私を見て言った言葉。

 

「僕がいることで何かの役に立っているのかな?世の中のために僕に何ができるかな?」

 

咄嗟に言葉が出ませんでした。

 

私は思わず「何言ってんだ。今で十分なんだ!」と泣きそうになりました。

 

私の人生はこれまでも彼の言葉や行動で変わってきました。

 

そして、・・・今回も決心が舞い降りました。

 

彼は制限のある中で世のためにと考えているのに、私はどうなんだ?

 

成すほうが良いと感じたことをやろう、そして世の中にいい影響を及ぼせたら「パパの行動は翔君の言葉を聞いたからだよ。だから翔君が世の中に貢献したんだよ」と彼に伝えよう。

 

最近、とみに行動が変わってきたのはそのためかな。

 

 

昨日は久々に家族全員が家にいました。

 

私も何もなければ外に出たのだけど、次女(19歳)の誕生日で、家族一緒に食事に出かけられる日が後にも先にもこの日しかないって状態でした。

 

つくづく思うのは、あと2年すると3人の子供たちがそれぞの夢を叶えるために巣立ちしそうな感じなので、20年続いた家族一緒もそろそろ終盤が見えてきたなぁってことです。

 

転勤が多い私の職場で家族と一緒に移動するのはそれはそれは大変で、転校のたびに子供たちは登校拒否になり、妻は1か月くらい一緒に授業にでていたりしました。

 

私も子供が先生からパワハラ?を受けたときとかは、学校にすっ飛んで行って決着をつけてました。

こういうのは不思議と仕事がピークで何日も家に帰っていなかったりするのですが、そういう状態でピンチのときは必ず姿を現すのが、一つの信頼のカタチだったかなと感じます。

 

さて、最も幸せな日曜日。

 

あと2年間を大切に過ごしたいと考えています。

 

 

理解は行動と一致してこそ意味があるわけですが、なかなか体験の機会がないものもあります。

 

今日は王子で技術士会の勉強会があるので、・・・あれだ。「1億円持っておくかな」。

 

今年、1億円を持ち運びする画像が頭の中にあるのだけど、体感でどれくらいの重さなのかな、と気になったのです。

 

そこで撮ってきたのがこの写真※。

持ち上げたのは2回目なのだけど、今回改めて「結構重いなー(10kg)」と感じました。

 

平気そうに持ってますが、この姿勢だと20秒で膝が笑ってきます。

 

筋力つけなきゃ。

 

※写真は一部加工しています。分かるかな?