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ベーシックインカムへの反論

ベーシックインカム(以下、BIと略したりもします。)を知らない人への(かなりいい加減な)解説
ちゃんと知りたい人はきちんと他を当たってください。

『生産性が向上したので市場にはものがあふれている。一方、消費が足りない。
だったら税金で金集めて、みんなに一律に配ればいいんじゃね。
生活保護とか面倒くさいこと考えなくて良いし、役人減らせる。
一人8万ぐらい配布すれば、4人家族仕事しなくても暮らせるし。
仕事、そんなのやりたいやつだけやればOK。人手が足りなきゃ賃金上げて市場原理万歳!
はっはっは、ワロす』
こんな感じ。みんな胡散臭いと思うでしょ。けど、真面目に主張している人が居るのよ
いや、どこまで真面目なのか、当人にあったこと無いからわからないといえばわからないんだけど。

これに対して、「勤労意欲が減退する」とか当たり前すぎる反論はつまらない。
生存権は勤労の対価ではないとしても、無条件に施行される(できる)ようなものでない。
(肯定はされても、無い袖は振れない。)
そしてなにより、「自由な」労働だけでこの国が国際競争を生き残っていけると思うほど、私はお花畑のおつむを持っていない。

以下はネットで見かけた(それ以外の)まともそうな主張とそれへの私の反論

-----ネットからの間接引用なので正確かどうか不明だが、どうも元ねたらしい
Q. ベーシック・インカムが導入されてしまったら、
「きつい」「危険」「汚い」――いわゆる3K仕事に従事する人がいなくなってしまう。

A.従事したいという人がいれば、それこそそこで市場の需要と供給の原則の出番である。
仕事が同じ状態のままならば賃金があがるだろう。3K仕事の賃金の方が大学教員の給料より高くて当然かもしれない。また「きつい」仕事や「汚い」仕事は労働時間を短縮したり、またきつくなくするような技術革新に投資したり、「危険」な仕事は危険度を低くする工夫がなされたり、といったことがなされるようになるだろう

(山森亮『ベーシック・インカム入門』 らしい)
-----

少なくとも「危険」な仕事は誰も従事しない。
生活が保障されているのにわざわざ死ぬ危険を冒してまで仕事をする様な人は多くない。
だから、「A.従事したいという人がいれば」ここが間違い。
子供の頃、共産主義について聞いたとき「馬鹿じゃね、怠けるよ俺なら。」と思ったけど
(というかそれを教えてくれた教師に面と向かって言った。なかなかに失礼な俺。)
それと同じくらい馬鹿。というか、社会主義で一度失敗しているんだからそれくらい悟れ。
歴史から学べないのがこの国には(どうもTVに出てくるような偉い層に)多すぎる。
ペンキ屋のおっちゃんの方がよっぽど頭良いわ。

仮に百歩譲って、市場原理によって応募者がいて単に収入だけで仕事をするなら、
賄賂とかキックバックとか手を抜いて自分の懐を潤すね。でとっとと荒稼ぎしておさらば。
発覚したときにはもうそこにはいない。良くいるじゃん、どっかの業界にはさ。
人間は苦労して手に入れたものに(不合理なほど)価値を見いだす生き物。
ただ単に「金」以外に拠り所がない職業に倫理なんかあるわけがない。
(合理性はそこまで強くない、少なくとも私はそう思っている。別記事参照 。)
こういう主張を鵜呑みにする人はもう少し、「人間」を勉強した方が良いと思う。
「中2病こじらせたようなラノベ」なんか読んでないで、もう少し本読め。

思考実験としてはかなりおもしろいけど、政策案としては[PI---]の考え。
このシステムは社会主義のお花畑と資本主義の強欲の合併症。アホか。

-----以下は多分 (ホリエモンで有名な)堀江さんの主張、どっかで見た記憶がある
(孫引きなので違ってたらすいません。)

働かざるもの食うべからず、は、もう古い倫理観なのだと私は思う。

農業革命で人々は飢えることからある程度開放された。
産業革命で人々は労働時間からある程度開放され、余暇の時間を持つことができるようになった。
実は、多くの人はもう働かなくてもよくなった状態にあるのかもしれない。

でも働かないといけないという古い倫理観は残り、実は社会全体の富を増やす労働ではなく、
社会全体の富を食いつぶしている負の労働があるのではないか、と思っている。

月20万の給料を貰って、実は社会全体は、その労働を作り出すのに月30万のコストをかけている、というような。
だったら、ダイレクトに20万渡せば10万円セーブできるんじゃないかと思う
-----

そのような負の労働を人間が正しく区別できるなら、それを潰せばいいだけの話。
もし市場経済で潰せないならBIを導入しようがそれは変わらない。
また現在、市場経済が正しく動いていないなら正しく動くようにするのが本筋。
小手先でごまかしても(生活保護担当の役人がいなくなっても)また別の仕事を見つけてくるだけのことだ。
官僚主義は仕事の再生産に最適化されている。何を根拠にBIで負の労働がなくなるのかが理解不能。

ただし日本人の労働に対する倫理観は少し時代に合わなくなってきているのは確かだと思う。
とはいえ、経済サイクルはますます短くなるし、人間の倫理観は世代単位で数えなければ変化しない。
そういうタイムラグをどうするのか?あわてて変化する必要が今あるのかは疑問。数十年後の倫理観としてどうあるべきなのか、も少し疑問。(過労死はなくさないといけないと思うけどね。)

そういう意味では、経済単位の移行に社会システムを合わせる方が現実的だと考えている。
(私の言う経済単位の意味とその移行については別稿で)

徳川将軍家って(血縁的に)まだ続いているんですかね?

菅総理大臣が誕生しましたね。
村山富市元総理大臣以来の政治家の子孫でない総理大臣の誕生だそうで。

近年、総理大臣になって1年程度で放り出す人が結構居ましたがその所為もあると思うんですよ。要するに家業として政治をやっているわけで。成田屋とか越後屋とかみたいに、鳩山屋とか安倍屋とかがあって、たまたまそこの息子に生まれたから政治をやっているというね。別に本人に総理大臣になりたいからとかで政治をやっているわけではないので政治家業が続けば総理大臣である必要はないと。(だから総理大臣辞めてもほとんどの人は政治家業から足洗わないしね。)ああ、一応念のため言っておきますが、別に家業として政治をやっちゃ悪いと言うつもりはありませんよ。乱暴に言えば家業として政治をやるとほとんど問題なく(競争無く)政治をやれちゃうことを問題視しているわけで。

この国では政治家業やるには、地盤、看板(知名度)、鞄(資金力)が必要とかで、まあ、そこら辺はどこの国でもそんなに変わらないとは思うのですが(民主主義国家なら)。一応、イギリスは直系はそのままの地盤で出馬することは禁じているらしいです。(ま、裏口もあると思いますが。)この国も小選挙区制になったので党で認められれば地盤の問題は解決しますね。(実際は、この国の党の地方組織なんて議員の個人代理店でしょうから今すぐは違うと思いますが)。看板はタレントというよくわからない人たちの得意分野ですが、これは地道にやるしかないですよね。もちろん家業であれば知名度抜群の人から(要するに親だ)いろんなところで顔つなぎができるので有利ですが、これは政治家業に限りませんから「特別」とは思いません。

次いで資金力なんですが、これが問題だと考えています。(かつ、理論上はすぐ対処できるとも。)いったい政治資金は私有財産ですかね、それとも公的資金なんですかね。現状は政治資金は団体ごと跡継ぎがなんら負担することなく、まるまる持って行くわけですよ。政治団体はまあ、私人の結社なんでどうでも良いんですが、資金は公的なものであれば国なり地方自治体が全部没収するのが筋だと思うんですよ。でないと、他の人と不公平ですから。自分で献金してもらった資金は別にかまわないと思うんですが、親から譲られるようなものではないでしょう、公的なものでしたら。私的なものでしたら相続税の対象にならないとおかしいし。

まあ、こういうことを言って網をかけても実際には息子が別の政治団体をつくって(たとえ、役員が親の団体とほぼ同じでも)そっちへ献金した形にすればするっと抜けちゃうだけなんですけどね。政治団体間の送金に税金はかけられないだろうし、かけるのもまずい気がするし。結局支援者が地盤と結びついている限り、そこと切り離さなければ地盤も看板も鞄も引き継いで(不公平な競争条件の)家業になってしまうわけで。

やっぱりイギリスみたいに地盤を切り離すしか手段はないのかなと思う。(だてに長いわけじゃないね。)他の手段も思いつくし、それが理想だとも考えているが現状、現実的じゃない。

と言うわけで、しぶとく次の総選挙まで総理大臣が代わらないことをこの国のために祈っています。

今年後半の我が国と去りゆく人への言葉

予想 はおよそ2週間のズレで実現しました。

小沢さんも一緒にお辞めになると言う報道もありますが、発言要旨 を見る限りはっきりとはしません。
とはいえ、多分お辞めになるのだと思います。それはつまり参院選挙まで2ヶ月ほどで、
組織票固めが団体単位ではほぼ終わった 、と言うことでしょう。

これからは無党派層と団体内での個人が動きやすいように、言い訳を用意しておくという話と理解しています。
問題はその言い訳に誰を持ってくるかなのですが、皆目見当が付きません。
こと、ここに来てしまっては選挙に負けたからと選挙のみの表紙にはできないだろうし、
(そもそも選挙のみの表紙でも民主党に人材はいないと思う。)
まあ、小沢さんの票読みでは
選挙後はどっか想定している(渡りの付けてある)小党とくっつけば参院でも過半数を握れて、
その小党の看板を首相にするつもりなら実質今回の選挙のみの表紙になるのだけれど。
(あいにく、そんな小党を思いつかない)

大連立は大義名分が難しい。
最短でも来年度予算でごたごたしてから、財政規律(要するに消費税だ)を名目にして行う必要があるから、
新政府は半年間機能しない。今の時期にそれはちょっと厳しい。
とはいえ、子供手当やら郵政法案など、強行採決で通してしまっているので、
小沢さんとしてはそれで良いと考えているのかもしれない。

いずれにせよ、それら全ては選挙結果次第だ。
とりあえず今の時期に幹事長を辞めることで参院選の責任をとって辞めることはなくなった。
つまり選挙後のフリーハンドを得たことになる。党人としては今の日本の政治でほとんど唯一の人だろう。

閑話休題、我が国の宰相の発言要旨 を読んでみたが、涙を禁じ得ない。(注:double meaningです。)
去りゆく人を叩かないのは我が国の美点だが、総括しないのは我が国の欠点だと思う。
というわけで、可能な限り叩かないように気をつけて発言要旨を引用してみよう。

引用先によれば、鳩山さんは鳩山内閣の成果として次の3つを挙げています。
子ども手当
高校無償化
農業の戸別所得補償制度

辞任に至った原因を2つ(国民の皆さんが徐々に聞く耳を持たなくなってきてしまった)
普天間の問題
政治とカネの問題

自分では問題の無いと考える指針を2つ
地域主権。もともと国が上で、地域が下にあるなんて社会はおかしい。むしろ地域の方が主役になる日本にしていかなきゃならない。
東アジア共同体

こんな感じですかね。
ここで触れられていない、私が重視しているものは2つ
外国人地方参政権
DPI
外国人地方参政権は東アジア共同体の一環ですかね。
最後のDPIは最近出てきた問題で自民党時代から続く話なのでここでは触れません。
(別稿にしたいと思います。)

成果の最後の個別補償については個人的には疑問の多い政策なのですが、前2つは単独の政策項目としては評価できると思います。問題は財源の裏付けがないことで。野党ならいざ知らず、政権与党としては(その政策がいいものであればあるほど)財源の裏付けが必要です。でなければ止めるしかないのですから。そして良いものであればあるほど止めたときのマイナスの影響は大きいのです。

「国民の皆さんが徐々に聞く耳を持たなくなってきてしまった」理由に「政治とカネの問題」はあまり関係していないと思います。前政権党の時からそうでしたし、当然失望はあったと思いますが「もう聞く気がない」というほどではないと思います。やはり「普天間の問題」について「思い」だけで口に出してしまったこと が原因だと思います。もちろんその思いをそそのかす調子の良いことを吹き込む人がいたかもしれません。「王様は裸だ」と言ってくれる人が居なかったのかもしれません。しかしそのことはご自身の責任の範疇と思いますのであまり同情はいたしません。(もっともこんな一般人の同情など不必要でしょうが。)

指針として
「地域主権」
「東アジア共同体」
を挙げていますが、上はその通りと思います。
ただ「むしろ地域の方が主役になる日本にしていかなきゃならない。」とは思いません。
領域によっては地方が主役になることもあるでしょうが、国家が表に立つ必要がある領域はまだまだ健在です。国際社会で「東アジア共同体」をつくる「意志」があるのでしたら、相手があることを忘れてはいけません。国家は必要なのです。短期的には極東アジアでの国家の必要性は増してくるかもしれません。相手との交渉ごとなのにこちらの都合だけで「東アジア共同体」をつくろうとするなら、大東亜共栄圏の2番煎じのそしりを免れ得ないでしょう。

で「東アジア共同体」ですが、今すぐ関係各国の同意が取り付けられたとしても、実現は23世紀以降でしょう。反日教育やら地域ごとの文化的な相違、歴史的に大国であった国が再び大国に戻りつつあること、そういったことを勘案すればEUができあがるのにかかった時間の5倍程度で済めば御の字です。基地もそうでしたが、どうもこの人は相手のある話でも、相手が居ないように考える癖があるのではないかと。歴史上の人物で言えば吉田松陰とか。(どうも、彼も相手の立場とかそういうことを無視して、自分の熱意で何とかなると暴走し、周囲に迷惑をかけて志半ばで死んでいったわけですが。幸いなことに彼の場合は跡を継ぐものが居ました。)鳩山さんの場合はどうでしょうか。

平均余命まで生きるとしてあと10年程度。人一人つくるには長いようでも、短いようでもあります。