永遠のビギナーのブログ -34ページ目

今日における知的エリートの存在価値

知的エリートの存在価値は、「正しい結論を出せる」と考えられてきたがどうも違うようだ。今の存在価値は「出した結論を実行に移せる」にあると思う。

無論「実行に移せない」エリートに存在価値はない。(ちょうどここでぐだぐだ書いているだけの私のように。まあ、私の場合は特に報酬もなく、それ故責任もないのだが。)が、もはや「正しい結論を出せる」かどうかはエリートと無関係になったように思う。既にありきたりのエリートのみが持てる知見はほとんどない。持っているのは人脈程度(?)で、その価値はスムースに結論を実行に移せるところにあると思う。

洋行も優れた人の意見を拝聴することも技術の発達で、もはやエリートの特権ではなくなった。(ハーバードやMITの講義もただで見られるいい時代だ。英語さえ分かれば。)だから「知らしむべからず、よらしむべし」という江戸の昔からの統治方針は過去はどうあれ、もはや時代遅れで有害なものと考える。

端から見ている一般人でも「あいつアホか?」とはっきり分かるエリート様はもはや存在が有害だ。それもこれも「知らしむべからず」がうまくいっても居ないのに、それがさもうまくいっている前提で行動しているからあたかも猿回しの猿にしか見えなくて滑稽に映る。

それでいて信用されていると考えている有様は哀れだし、その行動の影響を受けるのでこちらも不幸だ。もちろん、何でもかんでも公開できるものでもないが、隠しても仕方のないことを隠そうとするからおかしくなる。もう少し頭を使った方がいい。

当然、できるだけ隠そうとする方向でなく、本当に隠すべき事は何かを考える方向で。

妄想、もしくはホームズの言葉

初めにお断りしておくが以下は完全な妄想である。

私は一般に入手できる情報しか持ち合わせていない。以下はその中から導き出した、それほど矛盾なさそうな推論である。確か、シャーロックホームズは「事実と全く矛盾しない推論は実際に起きたかそれとも実際に起きたことと大きくは違わない」と作品中で述べていたと思う。だから以下は私の中では現実と大きくは違わないと夢想している。

-----ここから

銃を持っていなかった。だから捕縛は十分可能だった。
無論、小口径の銃を持っているかどうかの確認はできなかったから、持っていると仮定して作戦は立てた。時間が作戦の鍵であり、可能な限り速やかに作戦を終える必要がある。しかし捕縛して連れ帰ることも作戦が大きく成功と呼べるかどうかの鍵だった。

そして無事作戦は成功した。しかも大成果を上げて。途中でヘリが一台落ちたが負傷者もなく、無事帰還した。もはや作戦の成功を妨げる物はないように思えた。後は6時間後の発表を待つばかりである。今、スタッフは関係各所への根回しの準備をしているところだ。そんなときに思いもかけない連絡が現場から上がってきた。

case 1)被疑者が自殺した。

あろう事か被疑者が自殺したというのだ。
入念な身体検査を終え、自殺に使えそうな物は何一つないはずなのに。現場のチェックミスなのだろうか?とは言え被疑者ももう事切れているという。今更ミスをあげつらっても仕方がない。このまま事実を発表すべきだろうか?そんなことはできない。事実とはいえ絶対に信用されないだろう。虐待死を疑う声が出ることは間違いない。事実、所在情報は拷問で得たのだから。

まだ現場で射殺した方が反発は小さいだろう。
よって発表は現場で射殺に変更する。遺体を持ち帰れば解剖その他にふさなければならない。レントゲン写真で射殺かどうかはかんたんに見分けがつく。遺体は絶対に回収不能でなければならない。たとえ大統領であってもだ。よって現地で水葬にふすことに決めた。

後は発表を待つばかりだ。

case 2)現場の暴走で被疑者が死亡した。

あろう事か部下が被疑者を殺してしまった。こんな事は発表できない。
私たちは正義の執行者からただの復讐者になってしまった。しかも管理下にある無抵抗状態の相手を殺したことになる。決して事実は公表できない。何とかして隠さなければ。

まだ現場で射殺した方が反発は小さいだろう。
よって発表は現場で射殺に変更する。現場に彼の指紋のついた銃はないから彼が発砲してきたことにするのは無理がある。その点は仕方がない。あきらめるとする。偶然の射殺については現場の混乱である程度の説明はつく。また遺体を持ち帰れば解剖その他にふさなければならない。レントゲン写真で射殺か暴行死かはかんたんに見分けがつく。遺体は絶対に回収不能でなければならない。たとえ大統領であってもだ。よって現地で水葬にふすことに決めた。

後は発表を待つばかりだ。

last)
発表は終わった。
とりあえずDNAの分析結果を得て、懸念事項を確実に取り除くことはできたと確証を得た。これは大きな前進だろう。しかし不手際から大成功だったはずの戦果はとりあえず成功にまで縮小してしまった。

彼が聖戦の英雄に持ち上げられることを止められないだろう。フセインと同様に逮捕後、裁判にかけてイメージ戦略を仕掛けることができればよかったのだが。とは言え人間の生死は神が決めることだ、仕方がないと割り切ることにしよう。
しかしおかげで、
1) なぜ無抵抗の人間を射殺したのか?
2) なぜ水葬にふしたのか?
などがうるさいメディアからあがってきた。事実を言うわけにも行かないし、またそれを知るものはごく少数だ。

とりあえず一区切りがついた。
再選までに再び大規模な攻撃がなければ、このことは有利に作用するだろう。人々の怨念を軽視するわけではないが、実行不能なように押さえ込むのがこちらの仕事だ。想いだけで地球は持ち上がらない。これは厳然たる事実だ。次の仕事が待っている。レポートを提出して今日は終わりだ。

Fin.

理解に苦しむこと

こどもの日なのでそれにちなんだ2題。

その1)
いろいろなところで出ている補償の枠組みがあまりにアホで驚いた。

・事故を起こすまでリストラをしない方が、たくさんの余剰金が出るから通常時にはできるだけ無駄な財務の方がいい。
・コストカットをして事故を起こしても補償額のほんの一部だけ払えばいいから、その分を懐に入れて必要以上のコストカットをしたものの勝ち。
・インフラ系は責任をとらないか、一般企業に比べて著しく少ない責任でいい。(普通逆じゃね?)

こんな再建策でどうやったらモラルハザードしなくていいのか、不思議でならない。私たちはいつからこのような品性になったのか。

江戸の昔は、木を切ったら今は見ない100年、200年後の子孫のために木を植えた私たちの祖先に対して、今の私たちはすぐ下の子供に対して借金やら放射性物質やらを押しつける。(子供の方が影響が大きいのは明らかだから、子供の方が基準が厳しいのは当然なのに逆なんて理解に苦しむ。もちろん、学校の表土の被爆基準の話ですが。)

その2)
あまりにアホでいい加減な大本営発表に耐えかねた人々が、どうも(別方向に)いい加減な情報にすがっているらしい。それに対する批判があるようだが、逆だろうと思う。いい加減な大本営発表が人々をそちらに走らせているのだから。

希望を持つまたは持たせるのはいいことではあるが、できることとできないことの区別ぐらいはつけた方がいい。工程表とやらがいつまで持ったというのか?マージンも2段3段の構えもない(初めて試行する工程の)工程表など見たことがない。

無能で無意味な情報操作が混乱に拍車をかけていることに未だに気がつかないのはなぜだろうか?小学生の目から見ても間抜けに見えるだろう。

子供たちとこれからの子供の方々へ
恥ずかしい大人の一人でどうもすみません。