エネルギーと健康との深〜いかかわり/断熱スペシャリスト岩前篤さん・前編(Vol.104) | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

夏の暑さがようやく落ち着いてきたばかりで、寒さの話で恐縮ですが、今回は住まいと寒さとエネルギーのお話です。エネルギー消費と寒い家が健康にもたらす影響について話をお聞きしたのは、建築と断熱、そして健康との関係を専門とされている近畿大学建築学部の学部長、岩前篤さんです。

 

岩前先生は、すでに世界の常識になっている「低温は万病の元」という考え方を日本でも広めるべきと語ります。目からウロコのインタビューを通じて、「エネルギーと健康との深いかかわりが見えてきますよ。2回にわたりお届けします!

 

❑トピックス

・「おかえりなさい、気をつけて!」

・夏と冬のリスクの違い

 

 

❑「おかえりなさい、気をつけて!」 

 

高橋:岩前さんは、寒い家が健康に与える影響を踏まえて、「家づくりの常識をアップデートしよう」と呼びかけています。脱衣所や風呂場の寒さが原因で人が倒れる、いわゆる「ヒートショック」についてはメディアなどでも報道さてるようになりました。でも寒さが人の体に与える影響というのはそれだけではないということでしょうか?

 

 岩前:寒い家が健康に与える影響は、一般に考えられている以上に深刻です。ヒートショックを起因とするような風呂場で倒れて亡くなった人は、4,866人に上っています(2015年)。でもこれは救急隊がついた時点で亡くなっていた方の数で、救急搬送されたあと病院で亡くなった人も含めると1万7000人になります。

 

さらに、冬場に低温の影響を受ける場所は、風呂場だけではありません。実態はもっと多くの人が亡くなっています。 2014年にイギリスをはじめとする世界13カ国の研究者が、気温の影響でどれだけの人が亡くなっているかについて国際的な調査を行いました。7500万人の死亡例を調べたその調査では、13カ国の中で、気温の影響で亡くなっている割合が最も多かったのは中国です。そして日本は、中国に次いで2番目でした。

 

高橋:13カ国中2番めに多いんですか!?

 

 

岩前:その研究では低温による影響で、心臓発作や脳梗塞といった循環器系の疾患をはじめ、さまざまな病気にかかり亡くなっている人の数は、日本では推計で年間12万人が亡くなっていると判断されています。

 

 高橋:7500万人とはすごいサンプル数ですが、日本がスウェーデン、イギリス、カナダなど、寒い印象のある国々よりも多いのは驚きです。

 

 岩前:病気で亡くなった場合は、低温が原因だとは分類されないので、実態がつかみにくいことがあります。私たちはこれまで、「家の中が安全だ」という前提でモノを考えてきましたが、そこに落とし穴があるのではないでしょうか。社会問題になっていた交通事故による死亡者数は年々減っていて、いまでは年間で4,113人です(2015年)。交通事故より、家の中で亡くなる人のほうが多いのだから、むしろ危険は家の中にある。「行ってらっしゃい、気をつけて」ではなく、本当は「おかえりなさい、気をつけて」が正しいと言えるでしょう。 

 

高橋:そういう認識はまったくなかったので、新鮮ですね。

 

 ※Gasparrini A.et al.; Mortality risk attributable to high and low ambient temperature: a multicountry observational study  国際的な医療専門家による共同研究。オーストラリア、ブラジル、カナダ、中国、イタリア、日本、韓国、スペイン、スウェーデン、台湾、タイ、英国、米国の13カ国、384拠点を対象に、1985年から2012年の期間の死亡例、約7500万人分のデータを分析し、高温や低温による影響を調べたもの。 

 

❑夏と冬のリスクの違い

 

 高橋:冬に亡くなる人の割合は年々増えています。これはどのような理由からでしょうか?

 

 岩前:本来は、夏と冬の両方に死亡リスクがありました。明治時代以前の日本社会では、夏の方が食中毒や感染症などで亡くなるリスクが高かったのです。しかし対策が進んで夏に亡くなる人が減ったことで、特に1970年以降は冬のリスクが目立つようになってきました。

 

 高橋:日本では高齢化率が増えているので、冬のリスクはさらに高まってくるかもしれません。しかし先ほどの調査の結果を聞けば、単に寒いところが死亡率が高いということではないようですね?

 

 岩前:欧米では、冬の低温が健康障害をもたらすことが常識となっています。そこで、北欧やカナダなどの寒冷地では家の断熱などしっかりとした対策をとっています。むしろ比較的暖かい欧州南部の方が、冬に亡くなる人の割合は高くなっています。日本も同じで北海道の死亡率は低くなっています。ぼくは冬のリスクに備えることが、住まいづくりで最も大切になってくると考えているんです。

 

 高橋:なるほど。確かに比較的温かい地域でも、冬の朝晩は気温が下がることがありますね。そういう地域ほど気をつけたほうがよいかもしれません。その一方で、夏に家の中で熱中症にかかる人も増加しています。これについてはいかがでしょうか?

 

岩前:確かに、熱中症で救急搬送される人の数も増えています。でも幸いなことに、多くの方は病院で少し休憩すると元気を取り戻しています。熱中症が原因で亡くなる方は、年間では救急搬送された方の0.2%の105人です。冬に比べると亡くなったり、後遺症が残る割合は多くはありません。厚生労働省は熱中症対策にかなり力を入れているのですが、私からすると少し騒ぎすぎな気もします。もっと冬対策をしっかりすべきでしょう。

 

 

ちなみに 夏に家の中で倒れる高齢者の方の多くは、冷房が「もったいない」と暑くても付けずに我慢しています。でも倒れて運ばれたら、救急医療を行う労力やエネルギーの方がはるかにもったいない。我慢せずにエアコンを付けて欲しいと思います。

 

 高橋:高齢者の方は「昔はエアコンなんてなかった」といって使うのを嫌がるケースが多いのですが、夏の暑さの質も昔と変わっているので、健康を維持するためには適切な冷房も必要と考えたほうが良いんですね。ただ、ぼく自身もそうなんですが、冷房の冷気が苦手なのでエアコンを控えているという方は結構います。

 

 岩前:エアコンは、たいてい涼しくしたい部屋よりも大容量のものが選ばれています。たとえば8畳の部屋を冷やしたい場合でも、10畳用とか12畳用のエアコンを選ぶ人が多い。容量の大きな方を買っておけば間違いないだろうと考えられているのです。でも、大きな機械は風が強くなるので不快度が増します。実はエアコンは、サイズの小さなものの方がエネルギー効率が高いことを知っておいてください。 

 

 

それから、住宅の断熱や気密がしっかりしていれば。ほんの少し冷房をかけるだけで家全体が涼しくなります。省エネになる、というだけでなく断熱や気密によって体が過剰に冷えたりすることもなくなります。

 

 高橋:家の断熱性能は、冷暖房機器の効率を考える上でも大切なんですね。どうもありがとうございました。次回は、さらに「寒さと健康」について掘り下げてお聞きしていきます。

 

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