第98回:湘南の有名ケーキ店が手がけた、中小企業にお勧めの省エネとは? | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

今回取り上げるのは、神奈川県の湘南地域では誰もが知っているケーキ屋さん「葦(Ashi)」です。地域に根づいた「ご当地」のケーキ屋として親しまれ、今年は創業から58年になります。

 

エネ経会議の会員でもある葦は、エネ経会議が実施する無料の省エネ相談を受けたことをきっかけに、エネルギーについて積極的に取り組み、大幅な電気代削減につなげました。 

 

葦本社の一階にあるカフェ

 

新電力への切り替えをはじめ、空調や照明などの設備を省エネ機器に交換したことで、省エネされたことに加えて快適性もアップしたとか。今回は地域とともに歩んできたケーキ屋さんの取り組みを通じて、中小企業には敷居が高いと思われがちな省エネの取り組みと効果について紹介します。

 

 ※会員でなくても受けることのできるエネ経会議の「エネルギーなんでも相談所」についてはこちら

 

◆今回の内容

 ・地域にこだわった老舗ケーキ屋

 ・空調の交換で大幅な電気代削減

 ・ショーケースの照明もLEDに

 ・「湘南電力」への切り替え

 ・省エネが日本経済を良くする

 

◆ 地域にこだわった老舗ケーキ屋

 

 葦は、拠点を置く平塚を中心に、茅ヶ崎、藤沢など湘南地域に10店舗をもつフランス菓子とパンのお店です。今回訪ねたのは、JR平塚駅前にある「葦」の本社。出迎えてくれた社長の芦川浩さんは、「ケーキには美味しさだけでなく、夢や楽しさがないといけない」と語ります。お父さんの代に始まった町のお菓子店を引き継ぎ、発展させてきた2代目になります。芦川さんは、お父さんには先見の明があったと言います。

 

 「もともとは菓子問屋をしていたんだけど、親父は企業規模だけで値段が決まってしまう問屋の世界に行き詰まりを感じたんですね。自分の店の個性を出せないと。それでこれからは日本人も洋菓子を食べるようになるだろうって、だいぶ早い時期からやり始めました」。

芦川浩社長

 

平塚駅西口にある葦の本社ビル

 

 1959年には、平塚駅西口に洋菓子を扱う喫茶店として最初のお店を出しました。その後、浩さんの弟さんがケーキ職人の修業を行い、1977年からケーキ屋さんとしての商売を始めます。葦は湘南地域では店舗を増やしていますが、東京の都心にお店を出さないか、と誘われてもこれまでは断ってきました。

 

 「今の時代を生き残っていくには、どこでも買えるのではなく、商品のブランド力が大切です。またナマモノを扱うので、地域が広がってしまうと商品のクオリティが保てなくなる可能性もある。どこでも作れるものではなく、手作り感のあるものを追求するためには、目の届く範囲で商売をしたい」と社長は語ります。

 

葦の人気商品のひとつ「湘南チーズパイ」

 

 ◆空調の交換で大幅な電気代削減

 

 葦が行った省エネ対策は、大きく分けて2つあります。ひとつは自社ビルの空調機器の更新です。2014年に、環境省の実施する事業の無料診断を受けて更新しました。それまでの空調機器は、各階ごとに調整できずに不便でした。たとえば夏の冷房では、カフェスペースがあり多くの人が出入りする1階を快適にすると、上の階にあるオフィスが寒くなってしまいました。また、設置から20年以上経った設備なので、故障がちでした。

 

 空調の設備機器の更新には、全額でおよそ3000万円がかかりました。初期投資としては大きな金額ですが、そのうち3分の1程度は、環境省が募集していた補助金を受けることができました。事前の省エネ診断で、機器を交換した場合はどれくらいの電気代を削減できるかシミュレーションすることができたので、社長としても決断しやすかったと言います。

省エネの中心となった空調と照明

 

 省エネ効果として、更新前は空調を含めた電気代として月に120万円から130万円ほどかかっていましたが、空調の更新後は月に90万円程度とのこと。月平均で30万円前後の削減効果がでているので、投資額は10年以内に回収できる見込みです。さらに空調の効きが良くなり、階ごとの調整ができるようになるなど快適性も向上しています。 

 

「うちはちょうど空調を交換するタイミングだったので、どうせやるなら大幅に省エネできる方がいい、となりました。やってよかったと思っています。省エネだけを優先して交換することはできませんが、まずは無料の省エネ診断をしてみて、タイミングが合えば機器を交換してみるというのはいいでしょうね。他の中小企業の経営者の方にもお勧めしたい」(芦川社長)。

 

◆ショーケースの照明もLEDに

 

 もうひとつの対策は2016年に交換した照明機器です。こちらは本社ビルだけでなく、全10店舗のうち8店舗で、蛍光灯照明およそ300基に加えて、ダウンライトなどもすべてLEDに交換しました。天井に加えて、ケーキのショーケースの明かりも特殊なLED照明に交換しています。

ショーケースのLED照明

 

 交換費用は総額で250万円ほどかかりましたが、設備の購入には補助金を入れず、2016年6月に全額を会社が支払いました。芦川社長は、補助金を使うと交換のタイミングを指定されるため時期が合わず、会社の都合で決められる自主財源で行うことにしたと言います。

 

 ただし、さまざまなタイプの照明を選ぶ際には、エネ経会議の専門家が経済産業省の補助金を活用して省エネ診断を実施。照明ひとつずつメーカーと型番をカタログから選び、すぐに発注できるようにしました。

 

 照明の省エネ率は65%、本社ビルと隣接する工場の照明に限っても、毎月10万円程度を削減できている計算になっています。初期投資の費用も、3年ほどで回収できそうな勢いです。芦川社長が特に効果を実感しているのが、ケーキのショーケースの照明を、蛍光灯からLEDに替えたことです。

 

 「普通のスリム管(蛍光管)を使うと青っぽくなり、お菓子が美味しそうに見えません。演色性も考慮して、昼白色に見える特殊なLEDに替えたところ、前より見栄えが良くなりました。また蛍光管と違って熱くならないので、冷房のエネルギーも節約できます。蛍光管は1年ほどで明かりが切れて、お店のスタッフが交換する際は一苦労でした。下手をすると割れてしまう危険もある。総合的に考えると、交換してよかったと思います」。

 

さまざまなタイプの照明をすべて省エネ型に交換した

 

◆「湘南電力」への切り替え

 

 機器の交換に加えて、電力会社を切り替えたことも電気代の削減に貢献しています。葦が本拠を置く平塚は、Jリーグで活躍する湘南ベルマーレのホームタウンでもあります。葦は、平塚の老舗ケーキ店として湘南ベルマーレの創設時からスポンサー企業になっています。

 

 そのベルマーレは、2014年にエネルギー事業を営むエナリス社と協力して、「湘南電力」という新電力会社を設立したことは、ご当地エネルギーリポートでも何度か紹介しています。湘南電力は、神奈川県内で電力の地産地消をめざしている小売会社です。その関係から、葦も電力の購入先を湘南電力に切り替えました。これによって電気代削減だけでなく、地域の自然エネルギー設備でつくった電気を購入し、その代金の一部を地域貢献に回すことができるようになりました。

葦はベルマーレの特製クッキーをつくり、平塚のスタジアムなどで販売している

 

◆省エネが日本経済を良くする

 

 葦でもっとも電気を使っているのは、ケーキを焼くためのオーブンです。しかし年中動いている機械を止めることができないため、オーブンを省エネ機器に交換することはできません。そこで、ある程度使用量が増えるとブザーが鳴る仕組みを取り入れたり、こまめに電気を切るなどして、無駄なエネルギー消費を減らす努力をしています。芦川社長は、エネルギーと経済の関係性についてこのように語ります。

 

 「ビジネスで売上を増やすことは、もちろん大切です。それと同時に、省エネによって出費を極力抑えるという経営努力も欠かせません。しかも省エネは比較的簡単にできるのだからやるべきです。東日本大震災のときは、エネルギーについての関心が高まったけれど、だんだん薄れてきています。でも会社経営者としては、エネルギーについていつも気にしておかないといけない。エネ経会議はずっと取り組んできたように、私は省エネに目を向けることは、日本経済を良くすることにつながると考えています」。

 

葦のケーキ工場の照明もすべてLEDになっている

 

 地域に根を張り愛されてきた「ご当地ケーキ屋さん」が手がける省エネ。そこには、経済性と環境性、そして快適性をアップさせる効果がありました。こうした先行事例を通じて、さらに多くの中小企業が省エネに関心を持ってもらいたいと感じました。

 

◆【お知らせ】ご当地エネルギーを描く映画の制作が進行中!

 

自然エネルギーによるまちづくりを描いたドキュメンタリー映画「おだやかな革命」を現在制作中です。監督は、「よみがえりのレシピ」という地域と食をテーマにした映画をつくった渡辺智史さん。ぼくも「おだやかな革命」にはアドバイザーとして関わっています。この映画には、「ご当地エネルギーリポート」で紹介している地域のエネルギープロジェクトが数多く登場しています。映画の公開を応援するためのクラウドファンディングが行われています。ぜひ応援よろしくお願いいたします。

 

映画の内容とクラウドファンディングについて詳しくはこちら