第75回:ゼロからの電力自由化①/自由化してもあわてなくていい | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

さて、今回から目前に迫ってきた電力自由化についての記事をお届けします。2016年4月から、いよいよ「一般家庭が電力会社を選んで、切り替えられるようになる」電力の小売自由化がやってきます。

よくわからないという方でも、ガス会社がサッカー漫画で電気のCMしていたり、旅行会社が「電気と旅行をセットで」という謎のセット販売をしていたりと、いろんな広告が増えてきたことで、「電気をめぐる環境が今までとは違ってくるんだ」ということは聞いたことがあるのではないでしょうか。

また人によっては、一足早く「東京電力との契約をやめたくて、すでに新しい電力会社と契約しちゃった!」という方もいるかもしれません。
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電力システムの話は、とにかく難しくなりがちです。今回からその「電力の小売自由化」を迎えるに際して、何に気をつけたらいいのか、あるいは何をポイントに判断すべきなのかを、何回かに分けてお伝えしていきます。

特に基礎知識のない方にも、できるだけわかりやすくお伝えできるようう心がけていきたいと思います。といっても、ぼく自身は電力システムの専門家ではありませんから、これまで取材させていただいた方の知見などを参考にしながら、現時点で考えていることにはなる点はご了承ください。

◆4月に契約先を変える必要はない

まず初めに言っておきたいのは、4月から電力自由化が始まるからといって、「すぐに切り替える必要は全くない」ということです。

特に、「料金がお得」という面だけで選ぶと、後悔することになるかもしれません。確かに一般家庭にとって、戦後ずっと大手電力会社が地域独占をしてきたわけですから、電力会社を選べる時代が来るなどということは革新的な変化になります。そこで制度が始まったらすぐに変えたい、と思う人の気持ちもわかります。

また先ほど紹介したようにさっそく顧客の囲い込み合戦が始まっているので、「4月から変えた方が得になる」と言われ、すでに契約を切り替える予約をした方もいると思います。

もちろん、それをずっと待っていたという人や、熱心に研究した上で選択したのであれば、それもありでしょう。でも、なんとなく「4月からできるらしいから変えてしまおう」というのは気をつけた方がいいかもしれません。リスクを背負う可能性もあるからです。
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欧州の電力自由化にも詳しい関西大学の安田陽さんにそのあたりのことを聞くと、電力自由化を例えて「パソコンのOS(基本ソフト)が新しくリリースされるようなもの」と説明してくれました。安田さんは言います。「OSが新しくなってその日にインストールする人は、ものすごいヘビーユーザーか、まったくの初心者かのどちらかですよね?普通の人はしばらく様子を見て、不具合が見つかり、ある程度修正されてからインストールするものです」と。
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関西大学の安田陽准教授

電力自由化も大きな制度の変更になるので、初めからスムーズに事が運ぶとは限りません。いろいろなトラブルがあったり、契約先やプランを変えたことでかえって面倒になったり、料金が高くなる可能性もあります。

また、国(経産省)のルール設定に時間がかかったため、すべての事業者のプランは4月の段階では出そろいません。契約先を変えてしまってから、もっと自分の興味に合ったプランが発表されるということも十分にありえます。そのときにすでに別の会社と長期契約をしていたら、変更できません。

ぼくが取材対象にしている地域や自然エネルギーにこだわって小売事業に参入しようとしている企業にも、4月には間に合わないので、2016年秋頃に発表したいと準備しているところが複数あります。

そういう意味でも、現在の契約先(大手電力会社)からの変更を検討している人こそ、ひと呼吸おいて、1年くらい待って落ち着いて調べて選ぶ、ということも一つの選択肢になってくるのではないかと思っています。

マスメディアでは今後、「どこがどれだけ安いか」とか、「セット販売でお得」とか、「4月から変更しないと損する」などといった情報が大量に流されるはずです。でもそのような情報に惑わされないように気をつけて欲しい、というのが第一のポイントです。

◆意思表示として切り替えるという方法も

一方で電力会社を選ぶ基準は、電力料金ではないという人もいます。「都民の6割が東電以外を検討」(1月20日東京新聞)という記事が掲載されたように、
「福島原発事故を起こした東京電力との契約を変えたい」と考えている方は結構多いでしょう。

今までは原発事故を起こしても、電力会社が料金を値上げすると言えばそれに従わざるを得なかったのですが、選べるようになることで、電力会社の姿勢に対して意思表示ができることになるわけです。

東京電力は原発事故を起こしたにも関わらず、近い将来、新潟にある柏崎刈羽原発を再稼働させる方針なので、そういう会社から電気を買いたくないと思う人が大勢います。それでは、その視点(脱原発)で変えたいと思ったときに、どこに変えたらいいかというのが現時点では結構難しい面があります。

ドイツをはじめとする欧州では、それぞれの電力小売り会社がどういった電源から電気を調達しているかが見てわかるようになっています。例えばA社は火力が80%で再エネ20%とか、B社は再エネ80%で残りが火力、C社は原発も入っているとか、わかりやすく表示されています。これを「電源表示」と言うのですが、それを値段とともに比較できるようになっているので市民の側も選びやすいのです。

でも日本では今のところ表示する義務づけはされてはいないので、その視点で判断することが困難です。もちろん、制度をつくっている経済産業省に対して電源表示を義務づけて欲しいと要望を出しているグループもいるので、今後は表示されるようになる可能性は残されています。

◆「100%再エネ電力」という選択肢はあるのか?

では「原発の電気を買いたくない」という人にとって、具体的な選択肢があるのでしょうか?4月から一般家庭が契約できることを打ち出していたり、すでに先行予約を受け付けている新電力会社として、東京ガスがあります。東京ガスは、主に火力発電所の電力を調達する予定です。
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ガス会社としては、これまで大手電力会社が独占していた地域で営業をかけられるので、ビジネスチャンスになっています。これまではオール電化住宅の普及などで、電力会社に奪われてきたシェアを取り戻すチャンスなわけです。また、東京ガスはまったく新規に顧客とつながるというわけではなく、これまで都市ガスを契約していた一般家庭に、「電気もこちらで」と言えるというのは強みになります。

しかし、東京ガス自体がそんなにたくさんの発電所を持っているわけではありません。電力の小売会社は、電力を市場から購入して、消費者に販売するという立場なので、その必要はないのです。

そこで、東京ガスがどこと提携しているかといえば東北電力です。東北電力は宮城の女川原発や青森の東通原発を所有しているので、それらが再稼働した場合、原発由来の電力を購入することになる可能性はあるでしょう。それについて検討する必要はありそうです。

もうひとつ携帯大手のソフトバンクは「ソフトバンクでんき」という電力サービスを始めます。そこでは、ソフトバンクグループが設置した再エネ発電所から供給する「FITでんきプラン」を準備しています。今のところ「再エネ」に特化した電力小売り会社のプランとしては選択肢の一つかもしれない、と思われるかもしれませんが、これには2つの課題があります。

ひとつは、電力小売り事業を始めるにあたって、ソフトバンクが東京電力と提携したことです。これによって「切り替えることで脱原発の意思表示をしたい」という人にとっては意味が薄まってしまいます。
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重要なのは2点目で、FIT(再エネ固定価格買取制度)という制度は、再エネを導入する発電事業者が有利に運営できるように、全国民が負担して補助をしてあげて、自然エネルギーを日本全体として増やしていきましょうというものです。

そのため、電力の小売り会社が、国民が負担しているはずのFITの電力を販売して、「再エネで環境にいいからうちと契約してください」とその価値をアピールしていいのか?という疑問が出ています。

実際、ドイツなどの電力小売会社が「うちは再エネ●●%の電気を扱っています」と宣伝して売っている電力は、FIT制度の枠組みではなく、非FITという再エネ電源を探して、調達しています。

とはいえ、日本とドイツでは電力システムをめぐる枠組みが違うところも多く、今すぐドイツのように「FIT電気はすべて再エネとしてアピールしてはダメ」となると、厳しい面はあるのですが、いずれにしてもこのあたりをどうしていくのか、はっきりさせるべきかと思います。

2つほど例を挙げましたが、「原発か、再エネか」みたいな話になると、なかなか選択肢としては難しいかなというのが現状です。

ただ、再エネ電力や地域主体ということにこだわって一般家庭に電気を届けたいと、いくつかの電力小売り会社が準備していることは確かです。4月に間に合わなくても、そういう会社に注目して応援していくというのが、一人一人にできることじゃないかなと思います。
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「パワーシフトキャンペーン」のホームページより

そのような新しく立ち上がった電力小売り会社は、今後、この「全国ご当地エネルギーリポート」でも紹介していく予定です。また、参考にしていただきたいのは、「パワーシフトキャンペーン」のホームページです。

これは、再エネ普及をめざす40以上のNPOらのネットワーク団体「パワーシフト」が主催しているもので、電力自由化に向けて準備する企業情報をアップデートしています。(ちょっと見つけにくいかもしれませんが、ホームページに入って「電力会社紹介」というタブですね!)。2016年1月時点では、紹介している電力会社は9社で、今後もその数を増やすとのこと。ぜひ参考にしてください。
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再エネや地域にこだわった電力会社の紹介ページ

次回は、価格のことばかり話題になっていますが、そもそも「電力小売自由化」ってなんだろう?何のためにやるんだろう?というテーマで考えてみたいと思います。それでは今回はこの辺りで!

ゼロからの電力自由化②自由化って何だろう?

◆関連リンク
「パワーシフトキャンペーン」のホームページ



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