第72回:「電気料金の高騰で企業が国外に移転した」という情報の真相は?/一柳絵美さん(後編) | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

今回のご当地エネルギーリポートでは、前回に引き続きドイツの電気料金の問題と、それにまつわる誤解について掘り下げます。今回は、特によく言われる電気料金と企業の関係ですね。これは日本のマスメディアや経済界が「ドイツのエネルギーシフトは失敗した」とか「ドイツの脱原発政策はエコじゃない」みたいな話をするときによく使われている情報ですが、その根拠には疑問や誤解があるようです。引き続き、自然エネルギー財団の一柳絵美さんに伺っています。

フライブルクの街には路面電車が整備され、車を乗り入れる必要がない。再エネによる発電だけではなく、CO2排出を減らすまちづくりについても進んでいる。(提供:一柳絵美)

◆電気代高騰のために大企業が国外に移転した?

高橋:それでは日本でよく報道されている「電気代が高騰したため、大企業は安い電気を求めて国外に移転している」という点についてはどうでしょうか?

一柳:それも誤解です。まず、企業が国外に移転する理由にはさまざまなものがあって、支出の一部に過ぎない電気代だけを理由に移転するような企業はほとんどないと言われています。この件については、ドイツの緑の党の議員が政府に質問をしていますが、ドイツ連邦経済エネルギー省は電気料金高騰によって雇用や移転などの影響が出た企業があるとは把握していないと答えています。

重要な事は、電力を多く消費する企業は、「電気料金が高くなると国際競争に勝てない」との理由から、再エネ賦課金を減免されていることです。減免を受けている企業は2011年は603社でしたが、年々増え続けていて2015年現在は2180社にもなっています。そのため大抵の場合は再エネ賦課金の影響を受けていないし、電気代のために外国に移転する必要はないということになります。

高橋:そういった不正確な情報が日本で流れる背景には、ドイツ国内にも再エネ反対派がいるからということでしょうか?

もちろんドイツ国内にも、電気料金高騰を招くと主張し、再エネ優遇策に反対する勢力があります。例えば、大手電力会社やドイツ産業界とのつながりをもって、再エネ優遇策への大掛かりなネガティブキャンペーンを仕掛けた団体もあります。日本で流れる情報には、このようなものが含まれていると考えられます。それでも、ドイツの大半の企業は再エネによって雇用も増えるし、経済的にメリットがあると感じて、エネルギーシフトの流れを支持しています。

◆本当の問題は大企業優遇策への不満

高橋:大企業ばかりが賦課金を免除されるというのは問題になっているのではないでしょうか?

一柳:賦課金についての一番の問題点はそこですね。もともと家庭用と産業用の電気料金では、産業用が優遇されており、両者には倍近い開きがあります。平均的な家庭用電気料金は1キロワット時あたり28.72ユーロセントであるのに対して、平均的な産業用電気料金は15.23ユーロセントとなっています。
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産業用電気料金(赤)は安く、家庭用電気料金(黒)は高い。(各種税込みの料金)その差額は年々広がっている。(BDEW2015.08 "BDEW-Strompreisanalyse August2015 Haushalte und lndustrieから自然エネルギー財団が作成)

さらに、多くの大企業が再エネ賦課金を免除される事によって、その差額は年々大きくなっています。それにより負担が増えるのは、一般家庭や中小企業です。ドイツの一般家庭が消費する電力量は、全体の4分の1程度なのに、再エネ賦課金総額の35%を負担させられているのです。一方で、電力多消費企業は、賦課金の減免措置と、市場での電力調達コストの低下という2重の恩恵を受けています。

もしも、減免措置がなかったら、2015年の賦課金額は22%程度低かったはずだというドイツ政府当局の推計結果もあります。企業にも公平な負担をしてもらうことで、家庭用の電気料金は確実に下がります。儲けは企業で、負担は市民という仕組みをどう変えていくのかというのは大きな課題です。

◆再エネの拡大と経済成長は両立する

高橋:公平な負担をどうするのか、メリットをどう還元するのかという点はこれからの課題ということですね。いずれにしても、賦課金が上がったことは消費者にとって負担だという議論があります。再エネを推進するメリットがそれより大きければ、それでも納得する人が多いということだと思うのですが、その辺りはどうでしょうか?

一柳:再エネ賦課金は、それにより上がった電気料金だけを見るのではなく、再エネ設備を増やすための投資をしたという点で評価すべきだと思います。ドイツではそれが、雇用の創出やCO2の削減、エネルギーの国外依存からの脱却などの効果を生み出しています。

ドイツでは、経済成長とCO2排出量は比例していない(ドイツ連邦統計局 2015 “Bruttoinlandsprodukt ab 1970”、ドイツ連邦環境庁(UBA) 2015“Emissionen von direkten und indirekten Treibhausgasen und von Schwefeldioxid”、ドイツ連邦環境庁(UBA)2015“UBA-Emissionsdaten 2014 zeigen Trendwende beim Klimaschutz”p.3から自然エネルギー財団が作成)

CO2排出量について見ていきましょう。ドイツは脱原発政策を決定した2011年以降、原発を段階的に停止しています。それによって、もちろん再エネは更に増えましたが、2012、13年に限定すれば褐炭という粗悪な石炭の一種を使う火力発電所による発電量も増えました。

褐炭はドイツ国内で採れますが、通常の石炭による発電よりも多くのCO2を排出するといわれています。そのことで、「ドイツは脱原発をしたことでCO2排出量を増やし、環境を汚染した」という意見があります。

脱原発政策を決める前の2010年と2014年のCO2排出量を比べると、確かに褐炭火力発電所からのCO2排出量は4.6%増えました。しかし、発電部門全体で見ると、2010年比で排出量は2.2%下回っています。ちなみに、1990年比だとマイナス15.8%を達成しています。

脱原発政策によってドイツのCO2排出量は、増加していないのです。褐炭発電所は今後、徐々に減らされていく事になっているので、排出量はより削減されていくと見られています。

さらにドイツ全体のCO2排出量で見ると、1990年比では23.9%も減少しています。これには、再エネ増加によるCO2排出抑制効果が効いていると考えられます。2014年には、再エネがドイツで最大の電力源となり、総発電量の25.8%を占めました。

自然エネルギーの拡大と経済成長は両立する。ドイツのGDPの伸び(青い線)と電源構成に占める再エネの割合(緑のグラフ)とがともに増えている事がわかる。(ハインリッヒベル財団2015.07 Energy Transition The German Energiewende"p.5から自然エネルギー財団が作成)

同年、再エネの拡大によって約1億5500万トンのCO2排出が抑制されています。これは、ドイツの一人当たりCO2排出量に換算すれば、およそ1350万人分に相当する量です。しかも最初に紹介したように、ドイツのGDPは1990年からずっと伸びてきました(2009年を除く)。再エネを増やしCO2排出削減を達成しながら、経済成長を実現しているのです。その点はもっと評価されて良いのではないでしょうか。

高橋:日本は、ほぼ同じ期間にCO2排出量が13.5%増えていますね(1990年~2013年のデータ)。日本では「ドイツは再エネを増やしているけれど、賦課金が増えて市民も企業も大変」と理解している人がいますが、そういう日本こそもっとやるべきことがあるのではないかと指摘されている気がします。

ドイツ(左の濃い青)と日本(右の薄い青)のCO2排出量の推移。1990年から2014年まで。当初は両国はほぼ同じ規模だったが年々その差が開いてきている。
(ドイツ連邦環境庁(UBA)2015"Emissionen von direkten und indirekten Treibhausgasen und von Schwefeldioxid",ドイツ連邦環境庁(UBA)"UBA-Emissionsdaten 2014 zeigen Trendwende beim Klimaschutz",国立環境研究所2015「日本国温室効果ガスインベントリ報告書2015年4月」より自然エネルギー財団が作成)※2014年は推定値


日本の政治家や経済界の一部の人は、本気でそう思っているかどうかは別にしても、「脱原発すると経済成長ができない」などと発言する人が未だにいるようですが、ドイツの実態を見ればそれが全く事実と違うことがわかります。賦課金の価格の変動だけに着目してネガティブキャンペーンに踊らされるのではなく、経済全体や社会の動きを幅広く捉えることで、情報の真偽がわかるということですね。どうもありがとうございました。

一柳さんインタビューの前編はこちら

◆関連リンク
自然エネルギー財団
同財団が作成した冊子『やっぱり自然エネルギー』もお勧めです!



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