第70回:「ドイツは失敗した」と伝える日本の報道は問題/田口理穂さんインタビュー(後編) | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

ドイツ在住のジャーナリスト、田口理穂さんに聞く生活者から見るエネルギーシフト。前半ではパッシブハウスや省エネ診断など、暮らしに身近なお話から伺いました。

今回の後編では、日本でもこれから自由化がやってきますが、「電力会社を選べるってどういうふうになっているの?」という質問や、ドイツのエネルギーが現在直面している課題についても聞いています。その中で、タイトルにもしている日本の報道の誤解を招く伝え方についても言及していますよ。(写真提供:田口理穂)

ソーラーキットを使って遊びながらエネルギーについて学ぶ子どもたち

◆今回のトピックス
・電力会社を選べる暮らしとは?
・なぜ日本では「ドイツは失敗した」と伝えられるのか?
・課題は褐炭と電力の調整
・送電網を誰が握るのか?

◆電力会社を選べる暮らしとは?

高橋:日本とドイツの大きな違いとして、電力会社が選べるということがあります。日本でも、2016年の4月から電力の小売り自由化が実現する予定ですが、ドイツでは現在、どのようになっているのでしょうか?

田口:一般市民が自由に電力会社を選んで契約できるようになったのは、自由化をした1998年からなので、すでに18年近くが経っています。

現在は、およそ1000社の中からインターネットで選べるようになっていて、「値段の安いもの」「再生可能エネルギーの電気を扱っているもの」などの条件別でも検索することができます。乗り換えも簡単で、新しい会社に申し込むと、現在の電力会社との解約手続きまでやってくれます。

我が家は、再エネの電力だけを扱うシェーナウ電力と契約しています。ドイツ南部にあるシェーナウ電力は、1997年に市民がつくった初の電力会社として有名になったところです。当初は付近の1700戸に送電していましたが、2015年現在は16万戸にまで顧客が増えています。

ドイツで再エネ電力だけを扱っている会社は、シェーナウを含めて4社あるのですが、その中でもシェーナウは利益追求を目的にしていない分、広告費もかからず割安だというのも顧客が多い理由かもしれません。

ソーラークッカーを眺める
 
高橋:シェーナウの詳しい情報は、田口さんの前著『市民がつくった電力会社-ドイツ・シェーナウの草の根エネルギー革命』(大月書店)に詳しく書かれていますね。

いま、日本でご当地電力を取り組んでいる方の中にも、この本で刺激を受けたという方も多くいます。自由に電力会社を選べるドイツでは、乗り換えている人が多いのでしょうか?

田口:それが、イメージほど多くないかもしれません。だいたい電力会社を選んでいる人は人口の10分の1くらいでしょうか。理由の一つは、自由化がはじまった当初は今ほど乗り換えが簡単ではなく、手続きがわずらわしかったということもあります。

もちろん、環境意識の高い人はエコな電力会社を選んでいますし、価格が気になる人は、とにかく安いところという感じで選んでいます。
 

長屋スタイルのパッシブハウス。ハノーファーで330世帯すべてをパッシブハウスとして建設している「ゼロ・エ・パーク」の一角


10分の1程度ならそんなに影響がないかというと、そんなことはありません。会社の評判が落ちるとお客さんが離れるため、電力会社は必死です。

例えば、2006年と2007年にスウェーデンに本社を置くヴァッテンファル・ヨーロッパという電力会社が、ドイツの原発で小規模な事故を起こしました。

するとすぐに20万人の顧客が減ったのです。東京電力のように、原発で大事故を起こしたのに電気代を値上げするなどという会社があれば、ドイツなら顧客は見放すでしょうね(笑)。

また、福島で事故があった後は、再エネを扱う4社はいずれも顧客を増やしています。これはそれらの会社の経営に寄与するというだけではなく、多くの人が原発や化石燃料の電力を買わなくなればそれだけ、それらの燃料の価値も下がるので、電力会社を選択することがエネルギーシフトを加速させている事になるんですね。
 
◆なぜ日本では「ドイツは失敗した」と伝えられるのか?

高橋:前回、ドイツの電気料金の話で日本での報道の誤りについて触れました。ドイツと日本とを行き来していると、このようなことをよく感じるんじゃないでしょうか?

田口:かなり事実がゆがめられていると感じます。ドイツでさまざまなエネルギー専門家に話をききましたが、「エネルギーシフトが失敗だった」と考えている人は誰もいませんでした。

今では自然エネルギーによる電力が30%以上になり、地域で雇用が生まれるなど経済済効果があるのは誰の目にも明らかです。ただし、どんな分野でもそうですが、すべてがうまくいっているということはありえません。改善すべき課題があるというのは確かです。

でも、課題の部分だけクローズアップして、「ドイツは失敗した」と伝えるのはフェアではありません。

高橋:エネルギーシフトを支えているのは、ドイツ国民の脱原発の決断は成功だったという総意があるようにも思います。


ハノーファーで行われた脱原発デモ(2014年6月)

田口:そうですね。ドイツはチェルノブイリ原発事故のときに、2000キロも離れていたのに放射能で汚染された、という経験で衝撃を受けました。そして福島で二度目の大事故を経験して、もう原発は割に合わないものだという意見は、絶対に覆されないレベルの信念になっています。

ドイツ人には、日本人のリスク感覚のなさが信じられないとよく言われます。私が日本人だとわかると、「あれだけの事故があったのに、なぜまだ原発を使うの?」とか「どうして今も原発推進の政党が勝つの?」と。その度に、私にもよくわからないと答えるのですが・・・。

◆課題は褐炭と電力の調整

高橋:ドイツはエネルギーシフトのパイオニアのひとつです。誰も通ったことのない道を走っているのだから、課題や失敗は必ずあるでしょう。田口さんが注目している、現在のドイツの課題はどんなことでしょうか?

田口:ドイツで発電にもっとも多く使われている燃料は、石炭や褐炭です(※)。褐炭とは、水分を多く含む品質の劣る石炭で、ドイツは世界最大の褐炭産出国なのです。

安く手に入るこの褐炭を燃料として活用してきましたが、多大な補助金が投入されている上に、CO2を大量に放出するなど環境汚染が激しいという問題だあるのです。

ドイツの経済産業省は、経済界からの圧力もあり今後も石炭や褐炭を活用していくとしていましたが、メルケル政権は今年の7月に、2020年のCO2排出量の目標値として1990年比で40%削減することを決めました。そのため、5つの褐炭発電所を停止することも約束しています。


田口理穂さん

高橋:脱原発だけでなく、脱石炭にも舵を切ったということですね。

田口:ただ、産業界との駆け引きもあって、これからどうなるか未知数です。石炭は環境汚染が激しいだけに、私はもっと政府が規制を厳しくする必要があると思います。

もうひとつは、再エネの割合が増えたことで、需要と供給の調整が課題になってきました。ドイツでは化石燃料よりも再エネの電気が優先されるようになっています。

だから太陽光の電気が増えると、化石燃料を止めて節約することができます。再エネの電力が少なかった時代は問題にならなかったのですが、割合が増えてきた現在は、変動する電源の調整が難しくなってきています。

これからは、従来の化石燃料を前提とした電力システムではなく、再エネ中心でやっていけるシステムに組み替える必要が出てきます。



※2014年のドイツの電力源の割合は、再エネが26.2%で初めてトップになった。二位には褐炭(25.4%)、3位に石炭(17.8%)となっている。褐炭と石炭を合せると43%以上となり、その割合は年々減少して来ているとは言え、発電電源全体として見るとドイツもまだ課題が多い。

◆送電網を誰が握るのか?

高橋:確かに30%を越えて来ると、システム自体も考える必要は出てきますね。日本はまだ再エネの電力が3%台なのに、電力会社が「もう受け入れられない」などと言っている話とはまったくレベルの違う話だと思います。

その際にカギを握ってくるのは、再エネを活かすための送電網ですよね?発電する会社や、電力を小売りする会社が新しく誕生しても、送電線を握っているのが大手の電力会社であれば、高い託送料金(送電網を使わせてもらう費用)を請求されてしまえば立ち行かなくなりますから。

田口:送電線をどうするのか、誰が握るのかということは、電力自由化以降のドイツで大きな課題となってきました。当初は、送電網を所有する大手電力会社が高額な託送料を設定したため、経営困難となり撤退したり倒産する新規事業社も多く出ました。自由化と言いながら、実際には既得権益を守る構造が残っていたんです。

高橋:日本でも発送電分離を言っていますが、やはり実際は東京電力など、既存の大手電力会社の持ち物になるので、やはり新規事業社には不利になってしまうのではないかと言われています。ドイツではその後、なぜ状況が変わったのでしょうか?

田口:2005年にEUの指令を受けた連邦政府の機関が、フェアな自由競争を促すために、規制に乗り出したことで託送料が下がった事がひとつ。

また欧州委員会の強い要望を受けて、大手電力会社が送電網の売却をはじめたことですね。


ドイツ中に張られた高圧送電線

高橋:電力や送電網を考える際には新規事業社が不利にならないように「公正さ」や「透明性」が大切ですが、それを独立した機関が強い権限を持って実行させているのがヨーロッパの電力自由化が成功した要因になっていますね。

田口:地域の送電線を自治体の手に取り戻そうという、公営化の動きも起きていて、すでに170の自治体が送電線を買い戻しています。

そのひとつが、ドイツ第二の都市であるハンブルク市です。人口170万人のこの町では、2013年9月の住民投票で、50.9%という僅差ながら、電力大手のヴァッテンファル・ヨーロッパという会社から買い戻しを決めました。

ヴァッテンファルで雇用されていた社員はそのまま市で雇用する事になり、解雇はなかったとききました。

公営化するメリットは何でしょうか?電力は安定した事業なので、公営にすると地域の利益になり、雇用も増やす事ができます。

また、再エネを優先的に入れるなど地域のニーズに合せて送電線の整備をできるようになったり、市民にとって身近になるので環境教育など啓発活動がしやすいといったことが言えます。一方で、ドイツ最大の都市であるベルリンでも同様の住民投票が行われましたが、こちらでは公営化に賛成する人が過半数を越えませんでした。送電網をめぐる議論はまだ続いていますね。

高橋:日本でも、送電網を誰が管理して、その透明性をどう担保するのかがこれからホットな議論になってくると思いますが、非常に参考になる話ですね。

まだまだドイツの動きから学べるポイントはたくさんあるのですが、この続きは、ぜひ田口さんの新刊『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか』(学芸出版社)でご覧になってください。田口さん、どうもありがとうございました。それではまた!

◆関連リンク
ドイツに学ぶ循環型の町づくり


  田口理穂さんの近刊
  『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか』
  (学芸出版社)