第69回:生活者から見たドイツのエネルギーシフト/田口理穂さんインタビュー(前編) | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

エネルギーシフトが進むドイツでは、すでに電力のおよそ30%が自然エネルギーになっています。一方で、日本ではいろいろ問題点も指摘されているようですが、果たして本当の所はどうなんでしょうか?今回は、ドイツ北部のハノーファーに20年近く暮らす、ジャーナリストの田口理穂さんから、生活者視点でお話しいただいています。

田口さんは、市民がつくった初めての電力会社である「シェーナウ電力」をはじめ、ドイツ各地を精力的に取材されている方で、ぼくも2013年に一緒にトークイベントをさせていただきました。今回は、8月に出版した新刊『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか』(学芸出版社)でも紹介されているドイツのエネルギーシフトについてお話を伺いました。(写真提供:田口理穂)

田口理穂さんと新刊『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか』

◆今回のトピック
・ドイツと日本、ココが違う!
・すべての公共施設をパッシブハウスに
・省エネ診断で、雇用効果も
・電気代上昇は再エネのせい?

◆ドイツと日本、ココが違う!

高橋:まずは、身近な暮らしの話から伺いたいと思います。エネルギーについて、暮らしの中で日本とドイツの違いを感じる点はどのような部分でしょうか?

田口:ドイツだけでなくヨーロッパ全体ですが、夜の町が暗い事ですね。日本の人がドイツに来ると、最初は暗くてビックリするかもしれません。街の中心部には街灯が灯っていますが、道によってはありません。レストランも薄暗く、ろうそくで灯りをとっているお店もあります。キオスクがありますが、日本のように24時間営業しているコンビニなんてありません。高速道路も暗いので最初は驚きましたが、慣れてしまえばなんともありません。

高橋:日本のコンビニは夜も明るすぎるかもしれませんね。夜に明るすぎると健康のバランスを崩しやすくなると言われていますが、ドイツではその心配はなさそうですね。

田口:間接照明とかろうそくが好まれる理由には、ヨーロッパの人は目の色が薄くて強い光に弱いからなのかもしれません。逆に、ドイツの人が日本に行って驚くことは、自動販売機の数の多さです。ドイツでは駅など限られた所にしか置いてありませんから。コンビニとか自販機って便利なのですが、なければないで24時間必要というわけではありませんから。


遊覧船も太陽光で動く「ソーラーボート」が活用されている

高橋:あるのが当たり前になると、無駄に気がつかなくなるのでしょうね。最近は「省エネ自販機」みたいのも出ていますが、なんだか日本だけ不思議な方向で進化しています(笑)。

田口:久々に日本に帰って来ると、すっごく明るいなと感じてしまいます。ドイツでは、街でも家庭でも無駄に電気をつけっぱなしにしないというのは徹底されていますから、このようなことはありません。

高橋:3・11の直後は東京などの都市部でも、夜はだいぶ暗くなっていたんですが支障はありませんでした。5年近くたって元に戻った感じがしますが、使わなくても問題のない電気はかなり多いと思いますね。

田口:シェーナウ電力の代表であるウルズラ・スラーデクさんに、エネルギー問題について日本で出来る事は何かを尋ねたときも、「まずは省エネ。節電はいつでも誰でもできます」でした。といっても我慢するのではなくて、快適さを変えずに、省エネする方法はいくらでもあるので、まずはそういうことを知る努力をするということが大事だと思います。

◆すべての公共施設をパッシブハウスに

幼稚園もパッシブハウスのものが増えている。南側は、太陽の光をたくさん取り入れるように窓が多め。窓はもちろん3重ガラスだ

高橋:ぼくは最近、ドイツや北欧をモデルにした省エネ住宅を取材しているのですが、住まいの違いについてはどうでしょうか?

田口:私の家族は残念ながら築100年以上たった賃貸アパートに住んでいるので、断熱はしっかりしていません。だから当然冬は寒いし、暖房費がかかります。でも、がっしりした造りで気密性はわりと高く、窓を閉めたら風は入ってきません。日本の家だとスースーするので、そこは違いますね。

高橋:賃貸だと、リフォームもできないですからやれることが限られますね。ぼくも東京の賃貸アパートで、ドイツの住宅はいいなと思っていたんですが、賃貸暮らしは同じ悩みを抱えているんですね(笑)。

田口:そうですね。まだ都市中心部ではエネルギー効率の良い「パッシブハウス」の賃貸住宅というのはあまり多くはありません。5キロか10キロ離れれば新興住宅地があり、パッシブハウスも建てられていますが、そのためだけに遠くに住むのは難しいですね。

しかし、最近ハノーファーの新築の約3割はパッシブハウスで建てられているといいます。窓はトリプルガラス、断熱材や換気システムの工夫により熱を逃がさない仕組みになっているので、暖房をほとんど使わなくても、年間を通じて温度や湿度が一定に保たれるようになっています。こういう家が増え始めたのは2006年くらいからで、これからもっと増えて行くでしょうね。一般の住宅だけではなく、事業所やスーパーなどがパッシブハウス工法で作られるケースも増えていますし、ハノーファー市は、2007年に新築する公共施設を原則としてすべてパッシブハウスにする条例を定めました。


同じ幼稚園の北側のつくり。北は窓面が少なく、寒さが伝わりにくい構造になっている

高橋:公共施設をすべてというのはすごいですね。しかも8年も前に!そこまでやる背景には、エネルギー価格が高騰したり、ロシアから天然ガスが滞ったら困るという危機感があるんでしょうね?その点では、エネルギー自給率が6%しかない日本ももっとちゃんと考えるべきだと思うのですが。

田口:その通りですね。新築だけではなく、省エネリフォームも、国が補助金を出している関係で積極的に行われています。リフォームする人みんなが環境意識が高いというわけではありませんが、断熱すると光熱費削減になって経済的にプラスになるからやるんですね。

高橋:発想が合理的なんですね。このご当地エネルギーリポートでもたびたび紹介している家の燃費性能を証明する「エネルギーパス」について一般の方には知られているのでしょうか?

田口:EUでは2013年から家を売ったり借りたりするときに、エネルギ—効率を示す証明書を付けることが義務づけられています。住宅の燃費性能が良ければ、それだけ光熱費の支払いが少なくていいので価値が高いという事になります。だから住宅関係社やアパートのオーナーなどは気にしています。でもこちらはまだ一般に浸透しているとは言えません。まだ始まったばかりなので、ちょっと時間がかかるかもしれませんね。

◆省エネ診断で、雇用効果も

高橋:田口さんは、家庭の省エネ診断を受けられたそうですね?

田口:はい。家庭の省エネを進めるには、まず第一に自分がどれくらい電気を使っているかを知る事からですから。専門家が自宅を訪問して省エネ度をチェック、適切なアドバイスをする省エネ診断が人気になっています。通常は160ユーロ(日本円で約21,000円)かかるのですが、ハノーファーでは、自治体が運営する電力会社である「ハノーファー電力公社」が140ユーロの助成をしているので、自己負担は20ユーロで実施できます。

しかもLED照明やタップ付き電源など、20ユーロ分の省エネ製品をもらえるので、実質的には無料で相談を受けたのと同じ事になります。ハノーファーではこれまで5年間で、3500世帯(総世帯数の約1~2%)が省エネ診断を行いました。

まず家にある電化製品の消費電力をチェック、使用方法や頻度、生活習慣も聞かれます。そして電力に加えて、ガス給湯器や水の使い方についても、無駄のない方法や機具の換え方をアドバイスしてくれます。特に新しく家電製品を買う時の相談には力を入れていますね。一度買ってしまえば、何もしなくても省エネにつながるからです。


電化製品には省エネラベルがついているので、省エネ性能がすぐにわかる

高橋:自治体が補助しているから実質無料、というのはいいですね。田口家の診断結果はどうだったのでしょうか?

田口:うちはせっかく測ったのですが、普段からできるだけ無駄のないようにしていたので、ほとんど削減できるところはありませんでした(笑)。でも普段の消費量が数字でわかったのが良かったと思います。

ユニークな取り組みと言えるのは、生活保護受給者を対象にした無料の省エネ診断です。ハノーファーでは5年間で3700世帯を訪問しました。生活保護を受けている人は、家にいる時間が長く、働いている家庭とはライフスタイルが異なります。そこにアドバイスをする省エネ普及員は、もともと長期失業者だった人が、専門的な研修を受けて実施しています。

普及員は、自分も家に長くいる生活をしていたので、家庭の状況を把握しやすいし、同じ目線で話ができるんですね。生活保護を受けている人たちなので、省エネの方法を知って、節約できるとすごく助かります。一方で普及員だった人は、ステップアップすれば専門的な仕事にも就けるようになります。失業者は減り、家庭はお金を節約できて、さらにCO2排出量は減らせるという、一石三鳥の効果があるので、ドイツでは150の自治体で導入されています。

高橋:これはいいですね。日本でも政策に取り入れてはどうかなと思います。

◆電気代上昇は再エネのせい?

高橋:ドイツでは電気代が上昇していますが、田口さんのご家庭では月々どれくらい支払っているのでしょうか?

田口:ドイツでは、契約している電力会社が年に1度集金に来るのですが、うちは平均すると毎月50ユーロ(約6500円)くらいですね。むしろガス代の方が高くて、毎月80ユーロくらいになっています。うちのアパートでは、冬の暖房を給湯器で温めたお湯を循環させて行っているので、ガス代の方がかかってしまうんです。ガス代も年々上がってきているので、困っています。

電気代は、2014年の時点で1kWあたり29セント(約40円)です(※)。1998年と比較しておよそ70%も上昇しているので、電気代ばかりが上がったというイメージがありますが、でもこの間には電気だけではなくガスも石油も全部値上がりしています。


50%の省エネを実現した人気のスーパー

高橋:日本では一部のメディアが「ドイツの電気代上昇は再エネのせいだ」と書き立てて、「ドイツのエネルギーシフトは失敗だ」と結論づけていますが、それは都合の良い情報だけを抜き出しているんですね。

田口:電気代の内訳を見ると、再エネ賦課金として徴収されている費用はほんの一部で、必ずしも再エネのせいで大きく値上がりしているわけではありません。ドイツでも一部にそういうメディアはありますが、過剰な報道ですね。むしろ太陽光発電が増えたことで、昼間のピーク時の電気料金は2007年と2011年とを比べると4割も下がったという効果も出ています。

高橋:また、「再エネのせいで電気代があがり、企業が国外に逃げている」という報道もありますが、それも事実ではない?

田口:とんでもない、ドイツのアルミや鉄鋼業や、ドイツ鉄道、フォルクスワーゲンなど電力の大口消費会社は、再エネ賦課金の減免や免除を受けています。つまり大企業が負担せず、その分を小口の一般家庭や中小企業が負担するというゆがんだ構造になっていて、それが電気料金を押し上げているのです。シェーナウ電力も、大企業の減免処置について批判しています。大口消費者は、負担をしなくていいのに、再エネによって安く電力を調達できるという二重の恩恵を受けているのです。

高橋:日本でもそうですが、再エネかけている費用のみを抜き出して、それが高いかどうかと指摘するのはフェアではありませんね。

田口:ドイツでは、1970年から2012年まで原発に1870億ユーロ、石炭や褐炭には1770億ユーロの補助金が費やされてきました。原発には研究開発や廃棄物問題、事故が起きた場合の補償などのコストは含まれていませんし、石炭や褐炭の環境負荷も考慮されていませんから、これにさらに上乗せになると考えた方が良いでしょう。一方、その間に再エネに費やされた助成金は540億ユーロです。決して高いとは言えないと思います。

※参考として、日本の東京電力の従量電灯BCという契約では、使用量によって約20円~30円に変動する。一見すると日本の電気料金の方が安いように見えるが、ドイツの純粋な発電、送電、配電にかかる費用は約19.4円で、日本と同等以下となる。電気料金として請求されるうち、半分以上が税金となっている。その内訳は、再エネ賦課金、地方自治体への課徴金、電力税、付加価値税などからなり、再エネの賦課金は税金のうち約2割を占めているが、再エネが普及したとされる2015年以降は、値下がりが予想されている。

◆関連リンク
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  田口理穂さんの近刊
  『なぜドイツではエネルギーシフトが進むのか』
  (学芸出版社)