第65回:「日本は世界一」という幻想を捨てよう/早田宏徳さんインタビュー(後編) | 全国ご当地エネルギーリポート!

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-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

今回のリポートは、前回に引き続き、ドイツに学んで省エネ住宅から町づくりまで目指している早田宏徳さんのお話です。ドイツと日本の住宅の性能や町づくりの違いに衝撃を受けた早田さんは、エネルギーパスや低燃費住宅をその価値感とともに日本に広めようと努力しています。

早田さんが強調するのは、省エネ住宅にした方が経済的に得だということです。例えばドイツと日本とでは、家に対するお金のかけ方の違いによって、収入は同じようなものでもまったく幸福感が違うような社会になってしまっています。日本では各世代が住宅ローンを30年間払って、払い終わったら家の価値がゼロになっているような暮らしをしていますが、ドイツでは100年先を見すえて家を建てているので、子どもや孫の世代は、家のためではなく、自分たちのためにお金を使う事ができるのです。しかも快適で健康になれるというのがまたすごい!

今回は、早田さんが現在手がけている低燃費住宅のアパートについてや、省エネ住宅を選ぶ事がいかに経済的にも得になるかについて詳しく取り上げています。

ドイツ・ヴォーバン住宅地のアパート

◆今回のトピックス
・100年後でも価値が残るアパートづくり
・省エネ住宅が人生設計を変える
・「日本の住宅は世界一」というのは幻想
・「住んでみないとわからない」ものをどう伝えるか

◆100年後でも価値のあるアパートをつくる

高橋:ドイツと日本の家作りの考え方の違いは、どこにあるのでしょうか?

早田:一言で言えば、住む人本人が自己満足のためだけに家を建てているのが日本です。一方、ドイツのおじいちゃんやおばあちゃんは、孫や顔を見たことのないひ孫の事まで考えて作っています。例えば日本では周りの町並みに全く合わない突拍子もない家を建てる人もいますが、ドイツではちゃんと周囲にとけ込んだ家をつくるんです。それは、100年後もこの町はきれいだと思われるような家にしたいからです。確かに日本のより高いですが、何倍も長持ちします。

賃貸住宅も同じです。ドイツは100年後にも家賃がもらえる住宅をめざしてつくっています。エネルギーパスが義務化されているので、断熱がしっかりしているかどうかもすぐにわかります。だからちゃんとやらないと入居者が減る。日本では、現状では100年先を見すえたアパートは作れません。国の法制度で、アパートは22年で減価償却しないといけないことになっているからです。銀行もアパートには22年ローンしか組ませてくれません。それで22年ローンで建てられるものしか建てないから、断熱なんて薄っぺらで、ボロボロのアパートになります。もちろん冬は結露だらけ、夏は湿気が高くカビだらけのアパートになるのです。

断熱材に使われているセルロースファイバーは、原料が新聞紙なので、湿度を調節してくれる性能がある

ドイツでは40年でローンを返すのが普通です。40年間はほとんど利益が出ませんが、41年目から100年目までは子や孫の利益になる。日本とドイツでは全部逆なんですね。じゃあどっちが得なのか?というと答えははっきりしています。ドイツのアパートは造りがしっかりしているから、40年経っても資産価値が落ちないということです。日本では22年で資産価値がゼロになるアパートをどんどんつくっている。家主はもちろん損をしています。そして入居者も快適性という面で損ですよね?こんなことをしていていいんですかと思うんです。普通ならこんな日本の状況では、低燃費アパートを作りません。

でもぼくは低燃費賃貸をつくりました。香川の高松で一棟目ができて、二棟目がもうすぐ名古屋に建ちます。ぼくは最初の22年間は赤字でも良いと思っているんです。通常は、アパートに投資したら10年で元が取れて20年くらいで倍額になるという触れ込みで売り出しています。だからより断熱材などは薄くて安いものを使っている。でもぼくの考え方は、どうせ銀行に預金していても金利は1%にもならないんだから、最終的に年3%くらい儲かればいいじゃないか、それでも利益が少なくても確実に黒字になります。短期的なお金よりも社会に良いものをつくるんだという発想です。今までこのようなものが日本社会にないので、ぼくがつくって見せるしかありません。

早田さんが準備している低燃費の住宅の賃貸バージョン

ぼくが作っているアパートは、100年とまでは言いませんが、60年や70年は平気で持つ家です。その期間ずっと賃料が取れる価値のある家になります。もちろん人口減少社会なので、60年後もそこに人が住んでいることを想定して場所を決めています。でもいま建てているアパートの多くは、少しでも安くと考えて田舎の郊外に建てているようなものもあります。そういう所には20年後は人がいませんから、確実にゴーストタウンになる。

目先の数年のことしかかんがえて考えていないんです。子どもさんの将来の事を考えたらどっちがお得ですかというのは考えた方がいいんです。安くした方がオーナーは建てやすいだろうし、売る方も売りやすいのですが、結果として困ることになります。もちろんドイツの人たちは、そんなことを言わなくてもわかっています。

◆省エネ住宅が人生設計を変える

高橋:省エネ住宅の経済的価値について教えてください。

早田:ぼくは住宅屋ですけど、ムリに新築の家ばかりを売らなくてもいいと思っているんです。例えば家賃が年間100万円のアパートを借りるとします。普通の賃貸住宅だったら10年間住んだら1000万円支払うだけで、手元には何も残りません。でもぼくがつくった低燃費住宅を1200万円で売ったとします。それでそのお客さんが10年後にいらなくなったら、ぼくはその家をたぶん1000万円くらいで買いますよ。10年たって多少は痛みますが、価値は新築とほぼ一緒です。実際にドイツのアパートは、ほぼ買った時の値段で売れます。30年たってもほとんど価値が変わらないんです。

だからドイツでは古い家を簡単には壊しません。2011年のデータでは、日本の住宅市場では新築住宅の割合が62%です。でもドイツでは24%しかありません。古い家を大事にして、省エネリフォームをするのが主流なんですね。

ドイツ・ヴォーバン住宅地の戸建て住宅

ドイツでは若いときに、例えば800万円くらいで狭くて古い家を買うんです。それで10年くらいたって手狭になったから売ろうというときに、700万円くらいで売れるんです。それを元手に今度は広い2000万円のマンション買う。さらに10年たって今後は1軒屋にしようとなったら、そのマンションがまた2000万円くらいで売れるんです。アメリカも似たようなものです。アメリカでは一生のうちに5回家を買う、と言われているんですが、日本ではとても無理ですよね?

理由のひとつは、家の価値がすぐになくなるからです。それから最近では日本では移民を受け入れて来なかったから、人口がどんどん減っている時代になると古い家を借りたり買ってくれる人がいないということになっています。長い目で見たら、家の価値がなくなっていくダメなアパートつくっていると、作っている人も損することになるからやめたほうがいいんです。ぼくは本当にいい住宅を、小さくてもいいから街中に建てた方がいいとアドバイスしています。それを国民みんながやらないと、幸せな社会にはなりません。それによって住む人の人生設計も全然違ってきます。

低燃費住宅の施行事例

光熱費は、今は例えば年間で20万円かもしれませんが、石油代が上がったり原発のリスクもあるので、エネルギー価格は必ず上がっていきます。30年後には3倍の60万円になっていてもおかしくない。それは払えませんよね?それでエアコンを我慢して余計に暑さや寒さで倒れる人も出てしまうかもしれません。だったら、いま光熱費8万円の家にしておけば30年後に24万円になってもまだ払えますよね?未来を見すえるというのはそういうことなんです。 

◆「日本の住宅は世界一」というのは幻想

高橋:ぼくは香川県の低燃費住宅を取材させてもらったんですが、北海道でやっていたら取材に行かなかったと思うんです。寒い所で断熱に力を入れるのは当たり前ですから。でもなんで香川なのかな?と興味をもったのがきっかけでした。その理由を聞かせていただけますか?

早田:断熱という意味では、日本は北海道だけはちゃんとしています。道民は別にそういうことを理解しているわけじゃありませんが、住宅がそうなっているから勝手に快適で健康になっているんです。それで良いと思います。脳卒中や心筋梗塞が最も少ないのは、実は北海道なんです。むしろ大阪とか香川、愛媛や栃木などはそれで大勢亡くなっています。ぼくが石川さんと組んで、香川で低燃費住宅を始めたのもそういう理由からです。香川は温暖なイメージがあるので誰も断熱なんて考えていませんが、実は冬は結構寒い。住んでいる人は気にしていなくても、体には負担になっていて、倒れる人は多いんです。それを何とかしたいということ、それから温暖のイメージのある香川で売れたら、全国どこでも売れるはずだと考えたということもあります。

低燃費住宅の施工事例。ブラインドが外側についているため日射を遮ることができる

問題の根源には、日本ではまだ「ジャパン・アズ・ナンバーワン」だと信じられているということがあると思います。いい加減「日本は負けてる」っていうことに気づいた方がいい。ぼくがセミナーで2時間くらい話したら、お客さんのほとんどの感想は「今まで日本の家は世界一だと思っていましたが、違うんですね」というものです。それはそうとう間違っていますよ。90年代、日本が世界一の経済大国になりそうだった時代の「日本はすごい」というイメージを持ちすぎているんですね。「井の中の蛙、大海を知らず」という状態に、日本人全体がなっているのはまずいと思います。

ドイツの家は古いものを内側をリフォームしているので、外から見るだけではよくわかりませんが、住んでみると「日本の家がいかにダメか」ということがよくわかります。ドイツだけではありません。今は中国でもゼロエネルギーのビルはあります。これはドイツ資本が行って教えているんです。あと建築の世界では日本より韓国の方が遥かに進んでいます。隣の国と喧嘩する事ばかり考えていないで、日本人はもっと謙虚にならないと本当にダメになるのではないかと思うんです。

◆「住んでみないとわからない」ものをどう伝えるか

高橋:省エネ住宅を日本で広めるには、その価値を分かってもらう必要がありますが、住んでみないとわからないという「わかりにくさ」があります。それをどのように伝えていくつもりでしょうか?

早田:ひとつはやはりエネルギーパスで数値化することですね。もうひとつはモデルハウスなど、実際に宿泊体験ができる場所を増やしていくことです。モデル住宅は、今年全国8カ所でオープンすることになりました。これくらいできると今の何倍も伝わるスピードがアップすると思います。また、とにかくそういう家の方が得をするんだという事を伝えていきたいと思います。得をするというのはいろいろな面がありますが、ひとつはお金です。それに関してわかりやすいシュミレーションソフトをつくっています。 

エネルギーパス認証。その家の燃費性能がどのランクかを証明して認定する

例えば、今はローコスト住宅というのはだいたい1800万円くらいで家が建つんです。それを2%の金利で35年ローンで借りて建てるとします。その場合、住宅ローンで月々59,652円の支払いです。1%だと50814円の支払いになります。一方ぼくらが扱っている低燃費住宅は同じ条件で2300万円するんです。初期投資は500万円高い。同じように計算すると住宅ローンは2%で月々76,222円 、1%だと64,929円になります。その差額はだいたい14,000円から16,000円ですよね? 

次に光熱費を計算します。ローコスト住宅は光熱費がかかるので、月に25,000円くらい電気代がかかります。年間で言えば30万円くらいですね。しかも快適じゃありません。結露はするし、冬は寒くて夏はすごく暑い。低燃費住宅は月の光熱費は8000円くらいで、年間9万円くらいです。比べると月に1万7000円ほど安いんです。年間で21万円違うと、35年で735万円になります。つまり、ローンが払い終わる次点では金銭的にも低燃費住宅の方が得になっているんです。さらに快適だし、長持ちする。アトピーにはならないし、夏でも汗をかかずにぐっすり眠れる、冬はヒートショックの心配もない。一方、ローコスト住宅はローンを払い終わった頃には、カビだらけでボロボロになっています。

低燃費住宅の方は、お客さんはもちろん快適だしお金が得をする。それから工務店は2300万円いただけるので、あくせくしないでいい。削減するのは光熱費なので、損をするのは電力会社とガス会社とアラブの王様だけです。どっちが得ですか損ですか?と考えたら、答えは明らかです。

早田宏徳さん(右)と筆者

ぼくらは別に「エネルギーパス」とか「低燃費住宅」というネーミングを広げたいとか、それだけが大事だと言っているわけではありません。違う人たちが違うネーミングで広げてもらっても一向に構いません。ぼくたちだけで日本中の家を手がけられるわけでもないですし。だからぼくたちのマネごとというか、2番煎じは大歓迎ですよ。ただ、ここまでくるのにぼくたちも6年かけていますから、ぼくらの仲間になったら一から始めるよりも早く到達できる部分は多いでしょう。ぼくはこういう家づくり、町づくりが広がっていくことが、これからの日本社会にとっての財産になると確信しています。

前編はこちら

◆これまでの関連記事
・家の燃費を見える化する(エネルギーパスについて)
・省エネにも健康にもなる家づくり(低燃費住宅について)
・スウェーデン住宅の住み心地と、こだわりの木製トリプルサッシとは?


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