全国ご当地エネルギーリポート!

全国ご当地エネルギーリポート!

-エネ経会議・特派員:ノンフィクションライター高橋真樹が行くー

当サイト「全国ご当地エネルギーリポート!」は、「エネルギーから経済を考える経営者ネットワーク会議(エネ経会議)が主催するものです。著書『ご当地電力はじめました!』『そこが知りたい電力自由化』などで、全国で動きはじめた再生可能エネルギー(自然エネルギー)をめぐる面白い取り組みを伝え続けている、ノンフィクションライターの高橋真樹さんを特派員として派遣。各地でリアルタイムに起きているワクワクする活動を紹介します。エネ経会議についてはコチラ!  なお、現在当リポートは休止しています。
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2019年9月に襲来した台風15号の影響で、千葉県では2週間以上も停電が続くエリアも出ました。この災害の経験から何を学べるのでしょうか?千葉県睦沢町(むつざわまち)にある「むつざわスマートウェルネスタウン」では、周辺が停電の被害を受けていた時に電力供給を再開、トイレや温浴施設のシャワーなどを多くの人に開放しました。東日本大震災から9年、地域の新しい防災対策のあり方を探ります。

 


むつざわスマートウェルネスタウン。右が道の駅で、左奥に町営住宅が並ぶ(提供:パシフィックパワー)

 

◆トピックス
・停電時でも機能したスーパー道の駅
・独立した電力システム
・衰退する自治体への危機感
・カギを握る地元の主体性
・蓄電池ありきで考えない

◆停電時でも機能したスーパー道の駅

千葉県睦沢町は、房総半島の中央部からやや東南に位置する人口7000人ほどの、田園風景の広がる小さな町です。東京オリンピックのサーフィン競技の会場となる一宮町の隣に位置し、日頃からサーファーが訪れる町でもあります。



道の駅の農産物直売所(提供:パシフィックパワー)

 

むつざわスマートウェルネスタウンは、睦沢町が移住促進や住民の健康づくりを目的として整備した施設で、道の駅と33戸の町営賃貸住宅からなっています。また、この施設は防災拠点としての機能も兼ね備えていました。背景にあったのは、東日本震災の際に沿岸部が津波の被害を受け、避難者の受け入れや自衛隊の活動拠点となった教訓があります。


町営賃貸住宅エリア。電線は地中化されスッキリした景観になっている(提供:パシフィックパワー)

 

同タウンが部分的に開業を始めたのは、停電が起きるおよそ1週間前のこと。台風が襲来した19年9月9日には睦沢町内でもほぼ全域が停電したものの、同タウンはその翌朝から町営住宅への電力供給を再開しました。道の駅では、携帯電話の充電とトイレの利用が可能になり、さらに施設内の温浴施設で温かいシャワーを無料で提供しました。



停電時でも道の駅は煌々と灯がともっていた(提供:パシフィックパワー)

 

噂を聞き集まった周辺の住民は列をなし、のべ800人から1000人が利用しました。睦沢町の停電が解消したのは、9月11日午前9時ごろ。同タウンは、50時間にわたって電力を供給し続けたことになります。当時、町営住宅に入居していたのはまだ6世帯ほどでしたが、この災害時の対応も評判となり、現在は33戸すべてが予約でいっぱいになっています。

 



停電時に道の駅でシャワーを利用する人々(提供:パシフィックパワー)

 

◆独立した電力システム    

むつざわスマートウェルネスタウンの特徴は、周辺地域に天然ガスを含んだ水が自噴していることです。そこで、水から抜き出したガスを燃料として発電し、さらにその際に生じる廃熱を回収して供給する「コジェネシステム」を導入しました。設備は2台で、1台につき最大80キロワットの出力があります。それにより、電力と温熱を地域資源で賄うエネルギーの地産地消を実現しています。

施設には太陽光発電や太陽熱温水器など、自然エネルギー設備も併設。天然ガスを抜いた後の水は温度が低いものの、温泉成分が含まれるためガスや太陽熱温水器によって温め、温浴施設で使用されます。



ガスコジェネシステムで温められた温水をパイプで提供する

 

電気については、通常時は東京電力パワーグリッド(東京電力ホールディングスグループの一般送配電事業者)の送電線から電気を供給していますが、地下に自営の配電網を引いてあり、非常時には独立して電気を供給できるようになっています。自営線を地中化した理由は、「新しく整備する街には電線のない景観がいい」という町長の意向が反映されたからです。電柱が倒れる災害を想定していたわけではありませんが、結果的に台風被害にも対応できることを証明しました。


町営住宅の地中に張り巡らされた電線

一連の施設を機能させる上で重要になるのが、電力や温水の需給調整です。この部分は、町と民間企業11社が出資して設立した「CHIBAむつざわエナジー」という地域新電力会社が担っています。


◆衰退する自治体への危機感

今回は災害対応の点で注目されたCHIBAむつざわエナジーですが、もともと地域の発電所の電気を地域の電力会社が運営し、その収益を地域に還元する仕組みづくりをめざして取り組んでいました。同社は、2016年の10月に電力小売事業を開始して以降、睦沢町内各地に電力を供給してきました。

設立当初は公共施設への電力供給が中心でしたが、現在では地域貢献をめざす同社の趣旨に賛同した地元企業の契約も増えています。そして収益の一部は、地元施設への健康器具の寄贈に使われました。さらに今後は移住促進や路線バスなどの公共交通への支援に活かそうと検討されています。

CHIBAむつざわエナジーに出資した民間企業のほとんどは地元の会社ですが、ただひとつ、東京に拠点を置く会社があります。それが、自治体と共同で新電力会社の設立や運営支援を手掛けているパシフィックパワーという会社です。事業の背景には、地域衰退への危機感がありました。同社の親会社であるパシフィックコンサルタンツは、これまで自治体から発注を受けて公共事業などを手がけてきました。しかし、人口減少などの影響で自治体が疲弊する状況に、このままではいけないと危機感を感じたと言います。



道の駅の屋根に設置された太陽光発電パネル(提供:パシフィックパワー)

 

そこで電力小売事業を営むパシフィックパワーを通じ、地域のための新電力会社を一緒につくろうと全国の自治体に働きかけました。電気代などで地域外に出てしまうお金を地域内に循環させ、持続可能なまちづくりを進める試みです。

◆カギを握る地元の主体性

パシフィックパワーと連携して地域新電力会社をつくった自治体は、睦沢町のほか、福島県相馬市、熊本県小国町などすでに全国11カ所にのぼります。さらに現在も複数の自治体から相談を受けているとのこと。パシフィックパワーの中川貴裕さんは言います。

「事業を全部任せてもらう方が、われわれとしては利益が出るかもしれません。でもこの事業には地元の主体性が欠かせません。需給調整は専門的なノウハウが必要なので私たちが担当しますが、地元には地元にしかできないことが必ずあります。ともに協力して地域を盛り上げていきたいと考えています」


ガスコジェネシステムとパシフィックパワーの中川貴裕さん

 

防災拠点を設置する際の課題は、イニシャルコストの大きさです。睦沢町のように、新しくエリアを整備して独立電源や自営線などを設けると、イニシャルコストはどうしても高騰します。むつざわスマートウェルネスタウンの場合は、総費用2.5億円のうち大部分は国や町の補助金でまかなったものの、残りをCHIBAむつざわエナジーで拠出しました。そのため、資金調達の体制づくりも重要となります。

また、設備をつくった後のランニングコストも気をつけなければなりません。同タウンでは、電線の地中化などによりメンテナンスにあまりコストがかからないようになっています。イニシャルコストは別としても、維持費を独立してまかなえる仕組みをつくることが、持続可能な施設になるポイントになってきそうです。

◆蓄電池ありきで考えない

睦沢町では、停電時に道の駅で携帯電話の充電、トイレ、シャワーなどのサービスを提供できたことが注目されました。その後、他の自治体からの視察も相次いでいます。他の自治体が同様の防災拠点をつくろうとする場合は、何を参考にしたらいいのでしょうか。

考えられるのは、独立した電源と大型蓄電池を組み合わせて電力を自給することです。実際、すでにその方向で設置を進めている自治体もあります。しかし、京都大学の安田陽特任教授は「防災目的であっても、安くなっているとはいえまだコストが高い蓄電池の選択が有効かは疑問」と、安易な蓄電池の導入に警鐘を鳴らします。



むつざわスマートウェルネスタウンの防災倉庫(左奥)と防災広場

 

投じるコスト(費用)に対して得られるもの(便益)が見合うかどうか計算することを、「費用便益分析」と言います。安田教授は、「日本ではエネルギーや災害対策の費用便益分析があまり進んでいないため、誤った優先順位のもとに国や自治体の予算が投入されている可能性がある」と指摘、他のよりコストの安い手段を検討せずに、電気優先で考えて蓄電池を導入することは合理的ではないと言います。

 

確かに、今回注目された携帯電話の充電、トイレ、シャワーなどは、大型蓄電池がなければできないサービスとは言えません。携帯電話の充電なら太陽光パネルやポータブル充電器があれば可能になります。トイレは電池式や簡易式のものを備えることができるでしょう。シャワーやお風呂は、電気がなくてもコストの安い太陽熱温水器を活用すればお湯が使えます。東日本大震災では、寒い東北でも温かいお湯が使えたという実績もあります。電気が必要な場合でも、防災拠点に電源車を優先して配置するという選択肢も忘れてはいけません。いずれも大型の蓄電池を入れるより安上がりです。


安田教授は、睦沢町のケースから学ぶべきことは蓄電池の導入ではなく、分散型の電源からの電気を地域内に供給する制御システム(マイクログリッド)を地域で構築して運用していたことだと言います。

 


停電時にシャワーの無料提供を知らせる張り紙(提供:パシフィックパワー)

 

「睦沢町のように、エネルギーの需給調整を地域で、自前で管理できるようにするには適切に設計された制御(コントロール)システムが必要です。それが地域主導でできれば地域に雇用が生まれ、災害時にも高い対応力を発揮できるようになります。重要なのはハードでなくソフト、『ものづくり』だけでなく『しくみづくり』です」

災害が多発するようになった今、ある程度の確率で長期的な停電が起きるのは避けられません。そうであれば、非常時を想定した上で、最小のコストで最大の成果を生む防災対策を準備することが、災害に強いまちづくりにつながります。費用対効果を踏まえて優先順位を考慮し、その地域に合った対策を検討することが重要ではないでしょうか。

 

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千葉県袖ケ浦市に住む林 彰一さんは、千葉県で大停電が起きた際に、高額な蓄電池がないにもかかわらず昼も夜も電気に困ることはありませんでした。さらに、所有する事業用の太陽光発電を活かして、地域の人々に携帯電話の充電のために電気を開放しています。

 

「停電救援隊」としても各地を駆け回った林さんは現在、停電に強いまちづくりに動き始めています。今回は、必ずしもうまくいかなかった取り組みも含めて、災害時の太陽光発電の可能性について考えます。

 

林彰一さんとエコロジア第一発電所

 

前回の記事 家庭でできる停電対策・千葉県袖ケ浦市/エコロジア① はこちら

 

◆トピックス

・太陽光パネルを1枚でも増やしたい

・機能しなかった「電源の地域貢献」

・停電救援活動の難しさ

・隣近所で支え合う「共助」の仕組みを

・災害時に地域の太陽光をどこまで活かせる?

 

◆太陽光パネルを1枚でも増やしたい

 

前回お伝えしたように、林さんは自宅に太陽光発電のちょっとした実験室のようなシステムをつくるほど研究熱心です。しかし、かつては電気についてほとんど関心がなかったとのこと。林さんの意識が変わったきっかけは、2011年の福島第一原発事故でした。エネルギー問題と真剣に向き合うようになる中、ドイツの自然エネルギーを学ぶツアーにも参加しました。

 

そこで日本よりずっと自然エネルギー導入が進んでいると思っていたドイツの専門家から「日本はドイツより緯度が低く、日射量が豊富にあって太陽光発電のポテンシャルが高くていいですね」と羨ましがられたことで、驚きました。そして、日本の原発依存のエネルギー政策がなかなか変わらない中「パネル1枚からでいいから、世の中に自然エネルギーを増やすための行動をしたい」と考えるようになったと言います。

 

林さんはまず、同じような志を抱いて活動する人たちが集まる太陽光発電所ネットワーク(PV-Net )の会員になり交流を始めます。また、太陽光発電の設置を手掛ける会社で1年半ほど働き、企画営業、設計、施工などの現場を学びました。そうした取り組みから得た経験と知識を活かしてエコロジアという会社を設立、2013年にはその会社で千葉県袖ケ浦市と木更津市に2つの太陽光発電所(いずれも出力およそ50キロワット)を設置します。

 

設備を設置する際、地域の人たちにとても親切にしてもらったことが縁で第一発電所の近くに空き家を紹介してもらい、現在は家族の住む東京との2拠点生活になっています。前回の記事で紹介した停電でも電気が使えた家は、この時紹介してもらった住宅です。

 

地域の人たちに定期的に配布している「発電所だより」

 

エコロジアの2つの発電所で生まれた電気はいま、電力小売会社のみんな電力に売電しています。また、発電所近隣の家庭には、自ら「発電所だより」を発行して、エネルギーと暮らしについて理解を深めてもらう機会をつくっています。

 

◆機能しなかった「電源の地域貢献」

 

2つの発電所はお金儲けのためではなく、地域貢献を掲げて設置されました。当初の計画では、停電時に自立運転に切り替え、地域の非常用電源として使う構想でした。

 

袖ケ浦市の第一発電所(提供:林彰一)

 

袖ケ浦市の第一発電所では、避難所となる近隣の公民館に電気を供給できるように必要機材を揃えていました。発電所を建てた当時、林さんはまだ東京に住んでいたため、停電が起きても交通が麻痺すると操作しに行くことができません。そこで、停電が起きたときの対処法をまとめたマニュアルと発電所のゲートのカギを自治会長さんに預け、地域で動かして欲しいと依頼していました。

 

ところが今回の台風15号による停電では、その構想を実現することができませんでした。まず、避難所になると想定していた公民館自体が台風により雨漏りして、使用できなくなりました。また、発電所から公民館にケーブルをひく場合、車に踏まれたり人が引っかかるなどのトラブルにつながるリスクがありました。そもそも、このような特殊な使い方は、電気事業法的に問題が指摘される可能性もあったのです。

 

コンセントボックスから携帯電話を充電する(提供:林彰一)

 

とはいえ、まったく役に立たなかったわけではありません。発電所のパネルの中には、もともと一枚だけ送電網につなげていない独立した電源がありました。そこでつくった電気は小さな蓄電池を通して、フェンスの外に設置されたコンセントボックスに交流100Vで常時給電できるようになっています。そこには「バッテリー切れのスマートフォン、ノートPCなど、小型機器の緊急時の充電にご自由にお使いください」と掲示をして、日頃からご近所にもPRしていました。今回の停電が起きた際に、近所の方々がそれを覚えていて使ってくれたそうです。

 

◆停電救援活動の難しさ

 

袖ケ浦市の林さんの自宅周辺の停電は3日間で収束しましたが、房総半島の南部ではもっと長期間の停電が予測されていました。そこで、まだ電気が復旧していないエリアに電源を届ける救援活動を行うことになりました。

 

9月17日には、静岡から駆けつけたPV-Netのメンバーが太陽光パネルと蓄電池の独立電源セットを持参。「9月27日まで電気が復旧しない可能性がある」と発表されていた南房総市に、林さんを含めて5名で届けに行きます。南房総市の災害対策本部から紹介され大井区の青年館で、独立電源を日があるうちに組み立てました。そして多数の携帯電話の充電や扇風機、照明への電気の供給ができるようになりました。

 

PV-Netのメンバーとして、停電救援隊の活動に参加

 

ところが、予想外の事態が起こりました。

 

「設置が完了して大変喜んでいただいたものの、日没後しばらくすると電気が復旧しました。そうなると非常用電源はもう不要です。もちろん予想より大幅に早く復旧したのは良かったのですが、停電支援の難しさを感じました」(林さん)。

 

とは言え、自然エネルギーに関心のある地域のリーダーとの出会いがあったり、その場にいた高校生たちに独立電源の仕組みを説明できたりといった収穫もあったとのことです。

 

◆隣近所で支え合う「共助」の仕組みを

 

大規模停電時に行った試行錯誤を通して、林さんが実感したことがあります。

 

「当初想定していた形の地域貢献は実践的でないことがわかりました。そして、広域で長期間の停電となると、私が持っている2つの発電所だけで貢献しようとしても限界がある。いろいろ取り組んだ中で、結局多くの人に一番喜ばれたのが、携帯電話やスマホの充電です。だったら、そんなにパワーのある電源でなくても良い。それに、各地にすでにある住宅用太陽光パネルを活用できたら、わざわざ救援用の独立電源を持ち込む必要はないと思ったんです」。

 

携帯電話については、自治体の設ける避難所でも充電できるケースが増えています。しかし、充電に時間がかかるため長い行列ができ、避難者のストレスにもつながっていました。いま林さんが構想しているのは、すでに住宅の屋根に太陽光パネルを設置している家庭から有志を募り、停電時に電源をシェアする「町の非常用電源スポット」を増やそうというものです。

 

手始めに、林さんはGoogle Earthを利用して、手作業で袖ケ浦市の太陽光パネル設置済みの住宅に黄色いピンを付けていきました。作業を終えて数えると約1,900ヶ所ありました(袖ケ浦市の世帯数はおよそ27,000)。林さんはこの一部でも、非常用電源スポットになってもいいと言ってくれれば、深刻な停電被害を軽減できる社会に近づくのではないかと考えています。

 

林さんが目視で数えた太陽光発電所マップ(提供:林彰一)

 

「1,900件の1割でも190ヶ所です。太陽光発電の自立運転モードは、所有者にはだいぶ知られ、いざという時に使われるようになってきましたが、所有していない世帯の方はほとんどご存じないはずです。この機能を地域でシェアすることで、せめて携帯電話の充電ぐらいは不自由なくできる地域にできればいいですね。これからの大規模災害の時代は、公助と自助だけで乗り切るのは難しい。近隣の人たちで支え合う共助が大切になってくると考えています」

 

◆災害時に地域の太陽光をどこまで活かせる?

 

構想を実現するため、林さんは現在、袖ケ浦市の関係部署と協議中です。とは言え、実際に有志を募る際は高いハードルもあります。林さん自身は誰にでも電源を解放して、市が非常用電源マップをつくるならそこに載せても良いと考えています。しかしほとんどの人は、近所の顔見知りならともかく、マップに掲載されるのは嫌だと感じるでしょう。そのような場合は、近所に限定して周知するなど、レベルに応じて広げ方を検討する必要があります。

 

個人の財産を非常時に地域でシェアすることは、あまり馴染みがないかもしれません。しかし類似の事例はあるようです。例えば、井戸については自治体が「災害時協力井戸」として、個人の所有物も含めて利用できる仕組みになっています。林さんの考えは、「災害時協力電源」を作り出そうという試みと言えます。

 

林さん宅の倉庫も、台風で大きな損害を受けた(提供:林彰一)

 

2019年12月のCOP25では、2018年中に気象災害でもっとも影響の受けた国は日本で、その被害総額は少なくとも約358億ドル(約3兆8920億円)にのぼると指摘されました(※)。気候変動の対策には、社会のさまざまなセクターで抜本的な対策が求められています。

 

それと同時に、いま起きている災害の被害を減らすために手を打つことも必要です。林さんの提言がこれからどのような形で実現するかについては未定ですが、彼の構想を聞きながら、これだけ一般に広まってきた太陽光発電の活用が重要になってきていることは確かだと感じました。

 

※ドイツの環境シンクタンク「ジャーマンウォッチ」の試算

 

前回の記事 家庭でできる停電対策・千葉県袖ケ浦市/エコロジア① はこちら

 

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2020年最初のレポートです。新年も、全国ご当地エネルギーリポートをどうぞよろしくお願いいたします!さて今回は、近年ますます重要になってきている災害とエネルギーを考える企画です。

 

2019年9月9日、台風15号の影響で電柱や鉄塔が倒壊、千葉県の房総半島では広い範囲で長期にわたって停電が続きました。しかし、千葉県袖ケ浦市にある林 彰一さんのお宅では、周囲が停電になっても電気を使うことができました。いま流行りの高額な蓄電池を持っているわけではありません。その理由は何だったのでしょうか?

 

千葉県袖ケ浦市の被災後の様子。多くの屋根が被害を受け、ブルーシートが貼られている(提供:林彰一)

 

また、林さんの会社であるエコロジアが所有する2基の太陽光発電所は、近隣住民に携帯電話の充電ステーションとして開放されました。千葉の大規模停電の際の林さんの経験を踏まえて、災害と自然エネルギーの活用法を2回に渡って考えます。

 

◆トピックス

・「停電の常識」が変わった

・太陽光パネルがあれば、停電対策も難しくない

・自宅を避難所にした林さん宅の設備は?

・特殊な設備がなくてもできること

 

◆「停電の常識」が変わった

 

従来、災害が起きて停止するインフラの中で、電気はもっとも早く回復するものとされてきました。実際、2018年に北海道全域でブラックアウトが起きた際も、停電は最長2日間で回復しています。

 

しかし2019年の台風15号による東京電力管内の停電では、その常識が覆されました(※)。倒れた樹木が電柱や電線にのしかかり、停電だけではなく広い範囲で交通障害が起きたことにより、送配電会社だけでは対応できなくなったのです。それにより、台風15号では房総半島を中心に、2週間以上も停電が長引く地域もありました。

 

台風の影響で倒れたままの竹林(2019年12月撮影)

 

気候変動の影響で台風が大型化するいま、同様の事態が起こる可能性も高まっています。そんな中、家庭や地域に普及している太陽光発電を非常時にどう活用するかが見直されています。

 

千葉県袖ケ浦市で大規模停電に遭遇した林さんは、周囲の人々が停電によって困っていたことを列挙しました。

 

「もっとも大きかったニーズは、家族と連絡をとるためのスマートフォンの充電です。またスマートフォンやテレビが使えないと、災害の状況など情報を取得できなくなります。さらに、冷蔵庫が止まって食材がダメになることで皆さん困っていました。夜間の照明がないとか、熱帯夜なのにエアコンが使えなくて眠れなかったという人もいましたね」。

 

※2018年の台風21号、24号でも、中部電力関内で倒木や断線が相次ぎ、停電が1週間前後続いた

 

◆太陽光パネルがあれば、停電対策も難しくない

 

実はこのあたりのニーズは、屋根に太陽光発電がついていれば、蓄電池がなくてもある程度解消することが可能です。以前の記事でも紹介した停電時用の自立運転モードに切り替えれば、朝から夕方にかけて発電している時間帯に限って、最大1500ワット時まで使用できます。自立運転モードについては、ぼくも自宅で実験してみたので、こちらのブログを参考に、一度練習してみてください。

 

林さん宅では、配電盤の左側に自立運転用のコンセントがついている

 

自立運転モードを使えば、携帯電話やノートパソコンの充電などはまったく問題ありません。テレビも映すことは可能ですが、漫然とつけっぱなしにすると消費電力もかかるので、優先順位を考慮すると長時間の仕様は避けたいところです。情報を入手するためであれば、乾電池式のラジオを用意しておくことをお勧めします。充電式の乾電池にしておけば、電池が切れても太陽光の電気を使ってまた充電できます。状況に応じて、ラジオとテレビ、スマホ、パソコンなどを使い分け、適切に情報を入手するのがよいでしょう。

 

冷蔵庫については、最近では消費電力が100ワット時以下の省エネ型が増えているので、自立運転モードの電気でも動かすことが可能です。夜間は電気が使用できないので、昼間につくった氷で庫内を冷やし、その間は開け閉めを極力避ける工夫をすることで、食材が傷みにくくなります。なお、非常用コンセントから冷蔵庫まで距離のある場合が多いので、あらかじめ必要な長さの延長コードを用意しておくと便利です。

 

夜間の照明については、これも電池式のLEDランタンなどを複数台用意しておけば解決します。その中に、太陽光で充電できるタイプの製品を1つ入れておけば、電池がなくなっても安心です。

 

扇風機は問題ありませんが、エアコンについては、自立運転モードだけで電力をまかなうのは簡単ではありません。台風から2日間は熱帯夜が続いたので、多くの人は暑さで大変な思いをすることになりました。

 

通常通りにたくさんの家電が使用できた林さん宅のリビング

 

ところが、林さんのお宅では、1階のリビング/ダイニングに限ってはエアコンをはじめ、ほとんどの家電を普段どおりに使用することができました。近隣の友人を招き、仮の避難所として活用していたとのこと。なぜそんなことができたのでしょうか?

 

◆自宅を避難所にした林さん宅の設備は?

 

事業用の太陽光発電所を運営する林さんは、自宅にも自然エネルギーを活かすさまざまな設備を持っていました。まず、屋根には5.3キロワットの太陽光パネルが載っています。これは、一般家庭と同様に送配電線とつながっているので、普段は昼間に自家消費をしながら、余った電力を売電しています。また、非常時には自立運転モードで昼に電気を使えるのも同様です。

 

林さん宅の外観。屋根に載っているパネル以外に、1階に特設架台を築き、独立した太陽光パネルを設置している

 

さらに、一階の特設架台に1.2キロワットの太陽光パネルを載せています。こちらは系統につなげていない独立した電源で、物置にあるリサイクル品を再生した鉛蓄電池に充電しています。普段はそこに貯めた電気を、PHV(プラグインハイブリッド車)のプリウスのバッテリーへ給電しています。また蓄電池に貯めた電気は、電動芝刈り機や、耕運機といった農業機具のバッテリーにも利用されています。ちなみに、PHVはガソリンと電気の両方で動く車で、EV(電気自動車)と同様にコンセントから充電することが可能です。

 

12本の再生鉛蓄電池は、ゴルフ場のカートに使われていたバッテリーを再生して、林さんが会員になっている太陽光発電ネットワーク(PV-Net)を通じて入手したものです。充電効率や安定度などを実測するなど、どれくらい使えるのか実験する目的で導入していました。

 

林彰一さんと倉庫に設置されている再生鉛蓄電池

 

◆特殊な設備がなくてもできること

 

林さんは停電が起こると、この再生鉛蓄電池を最大出力2kWのインバーター(直流を交流に変換する機械)につなぎ、貯めてあった電気を長いドラム式延長コードを使って1階のリビングに送りました。このコンセントを通じて、冷蔵庫や炊飯器、電子レンジ、エアコンなどさまざまな家電を利用することができました。

 

ちなみに、エアコンには100V(ボルト)式のものと200V式のものがあります。林さん宅のエアコンはたまたま100Vだったので問題なく使えましたが、200V式だとそのままでは使えないので注意してください。

 

災害時にはドラムロール式の延長コードが役立つ

 

翌朝には停電が長引きそうだったので、蓄電池に電気を充電しておくため、太陽が出ている間は屋根にある一般的な太陽光パネルの電気を自立運転モードで使いました。そして夜はまた蓄電池の電気に切り替える、という作業を繰り返しました。

 

すでにおわかりのように、林さん宅の設備はかなり特殊です。このような2段構えの対策は一般家庭ではできません。市販されている家庭用蓄電池システムを使えば同様の対策をとることはできますが、大容量の家庭用蓄電池は150万円から200万円もするなどコストが高く、個人で仕入れるメリットはあまりありません。

 

ぼくが備えておくと役に立つと考えているものは、5万円程度のポータブルサイズの蓄電池です。携帯電話やパソコンの充電、扇風機などは問題なく動かせますし、機種によっては冷蔵庫を数時間動かすことも可能です。

 

災害のときにどこまで電気が必要かについては、家庭の状況や考え方によっても変わリます。しっかりシミュレーションをして、それに見合ったコストのかけ方をすることが大切です。

 

ちなみに命に危険が及ぶような暑さや寒さに陥った場合は、自宅でがまんすることは避け、避難所に早めに移動するのが最善です。自宅で倒れると発見や処置が遅れるおそれがあリます。残念ながら、避難所も決して快適とは言えませんが、いざというときの早期対処にはつながります。

 

太陽光で充電できる電動小型耕運機。農業も自然エネルギーで手がける時代に

 

なお林さんは、近所の人が携帯電話の電池切れで困っていたので、自宅の玄関先で充電できるようにしました。当初は家に上がって充電してもらっていましたが、他人の家に上がることに遠慮や抵抗がある人が多かったためとのことでした。

 

今回は、千葉の台風と林さんの体験を参考に、一般家庭にはどんな事ができるかについて紹介しました。台風被害を経験した林さんはいま、地域での太陽光発電を活用した停電対策について検討しています。そのお話は次回じっくりお伝えします。

 

続編はこちら!太陽光パネルを町の非常用電源スポットに

 

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