
今日は10/31に惜しくも閉店する杉兼さんへ写真のこれを貰いにいって来つつ
ちょっと大人の爆買いしてきました
かまぼこの木の板も大量に頂いてきましたし、紙袋とかシールとか色々と頂けるものも頂いてきました…
木箱は昔、かまぼこをこれに入れていたというもので
とても歴史を感じますね…
みかん山には、みかんを入れる時に使う木箱が大量にあります。昔これにブリとか入っていたその木箱もなんとなくレトロでいい味も出していて、みかんにも使えるかな?と思って30個ほど貰いにいったわけです…
もうすごい数のこれがありまして…
この近くには鱗吉さん、鈴廣さん、すずまつさん等かまぼこ屋さんが沢山ありました。
惜しまれつつ店を畳むというのは幸せなことではありますね…残念ですけど…
社長の奥様かな?
少しお話できました。
個人的にはものすごい罪悪感を感じてしまったわけです。
確かに私は今は非常に関係として微妙な鈴廣に就職もしたので杉兼さんとは全く接点がありませんでした。
だけどひょっとすると小学校の遠足の時にかまぼこ工場に見学に行ってかまぼこの消しゴムをもらった事だけは覚えているので
それが杉兼さんだったのか?丸うさんだったか?はたまた鈴廣さんだったか?よくわかりませんが、そんな懐かしい感じはしましたが
閉店と聞くまでま、ほとんど意識して杉兼さんを買うことはありませんでした…
エネルギーの地産地消とか言っておきながら、地産地消してないじゃんか!
僕たちがもっともっと杉兼さんのかまぼこを食べたり、色んな事に使ったならば閉店をしなくても済んだのではないか?わかりまけんけどね…
あらた100年近く続く老舗の会社を素晴らしい技術でもあるかまぼこの技術をここで終わらせてしまうことの価値に気づいていたほうだけど、
しかし、それを行動でつまり杉兼さんを買うとはしなかった…
こうやって閉店とわかってから行っても仕方ないんだよ(●`ε´●)と自分を責めてしまいます…
まあ僕はかまぼこ屋ではないですが、かまぼこ屋の人から薫陶を受けて今日の自分がいるわけで
その人のお父さん、知ってる人は知ってます、鈴木智恵子さんの旦那さん、鈴木省三さん
この人が
かまぼこの技術ってのはすごいんだぞ!!あの魚をすり身にして全然違うかまぼこというものに変えてしまうのだから
という話を何度も小田原箱根商工会議所会頭の鈴木悌介さんが話してるのを近くで聞きました。
なので、すごい、日本のトラディショナルでローカルな技術なんだな…ということを今でも感じています。
そのかまぼこの技術が1つ継承できない…かまぼこの作り方は味も含めてみんな違います。基本は同じでも同じ小田原かまぼこでも味が喉越しが食感がぜんぜん違うのです…
だから、それぞれが持つ伝統の技術は継承すべき技術なのです…
その技術がここでなくなってしまう…ということに歴史が好きなものとして本当に悲しいし、心がえぐられる思いです…
なんで助けてあげられなかったのか…とホントにおもいます…
もっともっと地元の人が地元の産業とか郷土とかに愛とか誇りとかそー言うものを感じられていける社会を作りたいな…
私はそうは思っているからこそ
かなごて農学校推譲館という取り組みもやっていますが、そういう視点がすごく大事だと改めて思っています。
同時に、私は今、社長になってしまって、まあ、その社長になることだってかまぼこ屋の鈴廣さんが大きく影響してるわけで皮肉といえば皮肉ですが(笑)
どんな会社でも、会社を続けていくということは並大抵ではないのです…ホントに茨の道で苦しいこともたくさんあります。
100年近くたすきを繋いで継続してきた会社、立派なんです。すごいんです。ちなみに井上酒造は235年ですよ。
私が井上酒造さんと良いおつきあいさせてもらってると自負してますが、そして、いろんな相談をお互いにやる間柄になったことは本当に光栄なことと思ってますが
その根本は歴史の重みに対するリスペクトにほかなりません…
そんな歴史ある杉兼さんが店を閉じられるというのは、会社というのは社長にとっては分身みたいなもので、我が子同然…
断腸の思いだろうし、心がえぐられる思いだと推察できるので
自分ごとのように心が痛いのです。
だから僕はこう思ったのです。
杉兼さんというかまぼこ屋さんが確かに小田原に存在して、そして、良い味を出すかまぼこ屋さんであったこと
事情を知らなかったとはいえ、会社を続けていくことをしないという判断になってしまったことについて
も~少し地元の人間としてなにかできなかったのか?という罪悪感を持ちながらも、こーいう会社があったということを
例えば木箱を受け継いでこれからみかんの収穫とか、ほら、僕はいろんなイベントを仕掛けておるのでその場で使おうとか、そんな思いで
兎に角、店ではなくて無形のものかもしれないけど私が生き続ける限りはそ~した思いを胸に継承していこうと勝手に思ってしまいました。
そんな意味もあってこの木箱は頂いてきました。
もっと現代人は、歴史とか伝統とか長く続くものとかに敬意と誇りを持つべきではないか?
私はそう思うし、そうしたことに気づく教育をすべきではないか?
すぎ兼さんの最上級かまぼこを食べながらひとりそんな事を考えておりました…
すぎ兼さん31日で閉店です…
是非、皆さん、本町のなりわい交流館の隣の隣にあるすぎ兼さんへ是非!
そして、もう二度と食べられないすぎ兼さんのかまぼこの味を舌に焼き付けて欲しいです!