(前回の続き) WEB登録できず、アナログ受付にかけた自分が 申し込んだ旅行社からの電話をまてど返事なく 直接 受け取りに ナンバー受け取り会場にいくことになりました。
【その3:大混乱のナンバー受け取り会場】
そのビルは すぐ見つかった それっぽい体格のおにいさんたちが その場所に次々吸い込まれていく
3階まで 階段を とんとん とあがっていくと、、
中空になったビルの回廊を囲むように 500m以上はあると思われる隊列が。。。
日本で 種目別、あるいはナンバー別に いくつも受付があって 大勢のボランティアが手際よく ゼッケンをくれる あの光景を 無意識のうちに予想していた 自分の期待は 完全に裏ぎられた。
ちょっと 昼休み時間に ゼッケンだけもらって 仕事に戻ろうと思っていたのですが。。。絶対無理!
と とつぜん 中国人が何人かが 怒号とともに 飛び出してきて みんなの前で 騒ぎ出す。。
聞けば、金を払ったのに 自分の名前がないという。
あの~ その事態、 私も 恐れてます
中国人 荒れ狂う 責任者を出せ 訴える その場で新聞社に電話する、 もう阿鼻叫喚
係員との言い争いも始まるし そのうち別の人が騒ぎ出すしで お祭り騒ぎ
こちらは 列に並ぶと決めた以上 動くことも出来ず 2時間が経過
やっとのこさ 事務所の前に 様子を見ると これが 大変
検索用のパソコンが2台。 人は4人しかいない!
おいおい、この大会 2万人出場するんでしょ?
2万人をその人数で2日間だけで どうやってさばくのよ? ありえない・・・・
絶望的な気分に浸りながら それでも戦闘モードをととのえて 並ぶこと2時間半、やっと部屋に突入
おしわけかきわけ、 自分のパスポートを示す。。。
不安的中・・ やっぱり自分の名前はない
2時間半ならんだのに、
やはり旅行会社が入力し忘れたか、
それともこのマネジメント会社のミスか、
恐れていた事態がやっぱり起こってしまいました。
周囲にも 結構自分と同じ境遇の人が沢山います。
名前の見つからないヨーロッパ人(そもそも漢字で入力してるのかアルファベットかわからない)
他人に自分のゼッケンを持って行かれてしまい怒りまくるアフリカの人、
団体ごと名前がごっそり抜けてる人、
男なのに女カテゴリーで登録されている人
まあ いるわいるわ これを調べるのは 女性一人だけ。パソコンのデータリストを一つ一つ見ながら絶望的な作業を繰り返しています。
混乱の坩堝です でもマネジメント会社 責任者もいなければ トラブルを解決できるひともいない。
【その4:決断】
この状況のなか 登録者名簿に自分の名前がない 途方にくれてぐるぐる考えてました
が 結局 ここにいても 絶対らちがあかないと思い 旅行社に向かうことにしました
まだ オフィスがぎりぎり開いている時間だし あすは土曜日なので今日を逃せば絶望的
実は もうこの時点で既に日曜日のレース出場はあきらめてました
どうせ責任追及しても堂々巡りだろうし、
もともと 40分切りの目標も 達成できそうもないので それほどのモチベーションもなかったのです。
ただ 380元ものお金をみすみす ドブにすてた というか 詐欺のように とられて 泣き寝入り というのには 釈然としないものがあったので 旅行社にいって 払い戻しの交渉をしようと思ったのです
(私は 気の弱い人間なので まして中国語でこの手の交渉をするのは 正直苦手です。 まあ いいか 5000円くらい と何度も思いました)
旅行社にむかうタクシーの中で
ー 自分はずっと電話をまっていた
ー 連絡こず
ー 痺れを切らして直接現場に調べにいった
ー 2時間半並んだ
ー 自分の名前がない
ー すぐ経緯を調べて責任の所在を明らかにした上で
ー レースに出られるよう今すぐ手配するか、払い戻しするか今日中に結論をだしてくれ
というくらいの 論理構成を考えて うろ覚えの 事務所のあった場所に 何とかたどり着きました。
【その5:あっけない結末】
覚悟を決めて ドアをノック
そこには領収書をきってくれた おねえさん
ああ、とかいいながら 笑顔で迎えてくれます おっと その笑顔に負けちゃいけない、俺。。
私:「あの、実は。。」
彼女:「○○先生ね。ちょっと待って。。 待ってたのよ。はいこれ。」
と そこには もう無理と思っていた 自分のゼッケンとランナーズセットが!
私:「そちらからの電話をずーっと (まってたのに もごもご・・・)」
彼女:「えー、一つ申し訳ないんだけど 主催者からあなたの分の記念品が一個だけ届いてないの。 あしたの午後には届くので 私も出社するから その時間にこれる?」
私:「(いまさらお土産なんだどうでも)いいです。あなたの週末をそれでつぶすのも悪いので・・・」
彼女:「じゃ、日曜日がんばってね♪(にっこり)」
と いともあっけなく その作業は終わったのでした
【その6:エピローグ】
というわけで 一旦放棄しかけた 北京マラソン 出場することになりました。
何で旅行社からの電話がなかったかは 結局 謎。 連絡のすれ違いだったのでしょうか?
あの一般の受け取り場所の阿鼻叫喚 きっと明日はもっと凄い混乱が起きるはずです。恐ろしい。。。
それに比べると 旅行社経由の(結論としては) 楽なこと! 座ってると1分もしないで出てくるなんて。
あの2時間半+絶望の1時間はなんだったのか。。。 自分はいままで こういうのを人づて(スポンサーなどの知り合いに頼んで)で申し込んでいたのですが 中国の一般の人、 そして一般の外国人参加者が このイベントに出るためにこんな酷い目にあっているとは、それは想像以上のものでした。
一方でオリンピックのようなエリートの大会は立派に見てくれを飾るくせに こういう市民ランナーに対するこういう扱いは まだまだ 中国の草の根スポーツの普及ということからみると日本より数段遅れていると 見ざるを得ません
こんな大会に 日本のスポンサーがついていると 変な誤解を受けると思いますので スポンサーの企業の方々 TBS キャノン ホンダ さまは どうか こういうところにも 今後は目を配ってもらいたいと思います
自分は 来年でるかなあ、、、 まあ はしってから考えます
ここまで 長文 おつきあいいただき ありがとうございました。



