対面
次の日の朝、看護師さんに体を拭いてもらい、歩行訓練。
思ったより痛みもなく、スタスタと歩けました。
その後、しばらくして夫が病室に来てくれました。
「昨日、やすときに会ったんだよ」
そういって、携帯の写真を見せてくれました。
そこには夫に抱かれた小さな、でもしっかりした赤ちゃんが写っていました。
「この赤ちゃんが、私の息子・・・・」
何とも不思議な感じでした。
それから、夫が辛そうな顔で、明日火葬にするということ、棺に入れる写真を持ってきたこと、ベビー用品のレンタルをキャンセルしたこと、国勢調査を訂正したことを教えてくれました。
夫は苦しみの中、たった1人で様々な手続きに奔走していました。
特に、国勢調査。
10月1日が予定日だったため、国勢調査に息子のことを入院前に書いておいたのです。
それを消さなければいけなかった夫の心情を思うと、胸が張り裂けそうでした。
そのとき
「赤ちゃん、連れてきましょうか」
看護師さんが部屋に入ってきて言いました。
きっと、夫が来たのを見て、気をきかせてくれたのでしょう。
「お願いします」
看護師さんは息子を、赤ちゃんを運ぶカートに乗せて連れてきてくれました。
生きている赤ちゃん達と同じように・・・・。
息子はカートの上に横たわっていました。
白い帽子をかぶせてもらい、タオルのおくるみに包まれた、かわいい赤ちゃん。
退院するときに着せるはずだった青いベビー服を着て、胸の上で小さな手を組んでいました。
安らかな顔で目を閉じ、死んでいると言われなければ、きっと単に眠っているだけだと思ったでしょう。
息子を胸に抱かせてもらったとき、涙があふれてきました。
「あと2日、2日だったのにね・・・」
ただただ、泣きました。
夫も隣で泣いていました。
冷たくなったほっぺたを何度もなでました。
冷たくはなっているものの、やわらかく、確かに赤ちゃんのほっぺたでした。
組まれている小さな手も、爪もなでました。
そのとき、不思議なことに気がつきました。
息子の目にも水が溜まっているのです。
まるで、泣いているように・・・・。
息子の体は冷やされていたため、結露がついただけなのかもしれません。
しかし、私はそれは息子の涙だったと信じています。
「会いたいときは、いつでもおっしゃってください」
看護師さんは優しく言って、また息子をカートに乗せて病室を出ました。
また、違う看護師さんが来て、母子手帳とカードを渡してくれました。
母子手帳には息子の手形、足型、髪の毛がつけてあり、色画用紙で作った手作りのかわいいカードには、息子の写真と身長・体重などの記録が書いてありました。
息子が存在した証のような気がして嬉しくて、何度も何度も母子手帳やカードを見ました。
午後、夫は仕事のため帰宅。
こんなときでも仕事に行かなければならない夫を気の毒に思いました。
実際、夫は酷く苦しんでいたのです。
このようなとき、男の人は女の人ほど辛くない、と思われがちですが、子供を亡くした痛みは男でも女でも変わらないのです。
帝王切開
息子の死を告げられた約1時間後、手術をすることになりました。
夫と一緒に陣痛室に入り、手術を待ちました。
やさしそうな看護師さんが、オルゴールのCDをかけてくれたり、着替えを手伝ったりしてくれました。
私の心は混乱してはいましたが変に落ち着いていて、夫の仕事のことや、家においてきた猫のことなどが気にかかりました。
麻酔の説明などをうけ、いよいよ手術になりました。
「眠くなりますよ」
と言われた数秒後、意識がなくなりました。
名前を呼ばれ、気がつくと個室のベッドの上でした。
本当は大部屋だったのですが、病院が個室のほうがいいのではないか、というので夫が個室に変えてくれたのです。
そのときは、料金などが気になったのですが、後から考えると、この選択は正しかったと思います。
意識はぼんやりしたままでしたが、妙に息苦しく、何度も鼻にあてられた酸素の管を取ろうとしました。
口の中がからからに乾いていましたが、水を飲むことができず苦しかったのを覚えています。
看護師さんは何度も点滴を変えたり、血圧や体温を測ったり忙しそうでした。
夫は夕方から仕事があるため帰宅。
ぼんやりした意識の中で息子のことを考えました。
「やすときはどうしているのだろう・・・」
「夫はやすときを抱っこできたのだろうか・・・」
手術後は微熱が続き、顔の汗を拭きながら暑さを訴えると、看護師さんが氷枕を持ってきてくれました。
肉体的にも精神的にもまいっていたこのとき、氷枕の冷たさが唯一心地よいものでした。
帝王切開の後、経過がよければ赤ちゃんを連れてきてくれるという話でしたが、その日、息子には会えませんでした。
心拍停止
予定帝王切開のための入院を2日後に控えた日でした。
「あれ?今日は胎動があまりないな・・・」
心配になり、午後、近くの病院に行きました。
お腹にゼリーを塗り、モニターを見ると、心臓がトクトク動く我が子が見えました。
「大丈夫、元気ですよ。」
という先生の声にほっとしました。
臨月になると胎動が少なくなるっていうもんね・・・大丈夫、大丈夫。
そのとき、ここまで大丈夫だったのだから当然産まれてくるものだと思い込んでいたのです。
その2日後、出産のために病院に行きました。
病院に行くまでの車の中、夫といっしょに子供のことばかり話していました。
「ベビーベッド、組み立てておいてね」
「布団を敷く順番、間違えないでよ」
「大きくなったら、近くの海に遊びに行こうね」
「いっしょに将棋をしようか」
2人とも、産まれるのがあたりまえだと思っていたのです。
入院手続きをすませ、大部屋の病室に案内され、お腹にセンサーをつけようとしたときでした。
「赤ちゃんの心音がとれない・・・」
看護師さんが色んな方向からお腹にセンサーをあてますが、心音はいっこうにとれません。
「子宮筋腫があるせいかもしれませんから・・・・、先生に超音波で診てもらいましょう。」
看護師さんは私達に心配をかけまいと、明るくふるまってくれます。
夫といっしょに診察室に行き、お腹にゼリーを塗り、いつものように診察が始まりました。
モニターに映し出される見慣れた光景。
しかし、その心臓は、動いてなかったのです。
目の前の光景を信じることはできませんでした。
何かの間違いだ・・・・。
今見たものは、心臓じゃないかもしれない・・・・。
先生も何も言わないし・・・。
しかし、先生は何度もお腹に機器を滑らせ、静かに言いました。
「心臓が動いてません・・・。」
「えっ!?」
はじめに声を発したのは夫でした。
私は「ウソだ!」という気持ちと、「やっぱり・・・」という気持ちが交錯し、混乱していました。
頭の中は真っ白でした。
心臓が動いてないということは・・・・赤ちゃんは死んじゃったってこと・・・?
しばらくして、お腹の中から何かがこみ上げ、小さな悲鳴のような声と共に涙があふれてきました。
「やすとき、やすとき、何で・・・」
壁をたたいて泣きました。
「今日、緊急帝王切開して赤ちゃんを出しましょう」
先生は言いました。