親子日和 -3ページ目

退院

入院4日目に、ようやく普通のご飯になりました。

久しぶりの歯ごたえのあるお米がとてもおいしかった。


この日、夫の両親と義妹一家がお見舞いに来てくれました。

せっかくの日曜日なのに遠方から駆けつけてくれて、とても嬉しかったです。

夫のご両親は、私のことを責めることなく、とても気遣ってくれました。


夫はみんなに息子の話をたくさんしました。

写真もみてもらいました。

みんなに息子のことを覚えておいてもらいたい、息子の存在を忘れないでほしい、そんな思いでした。


入院6日目、退院の日になりました。

荷物をまとめ、お腹の抜糸をしてもらいました。

傷は順調に回復しているとのことで、ひと安心。


そのとき、担当の先生が話をしてくれました。

「手術のとき、目に見える筋腫は全部取りました。それから、卵巣のう胞もキレイにしておきましたから、次の妊娠のときは気にしなくていいですよ」

驚いて涙が出ました。

卵巣のう胞まで取ってくれたんだ・・・・。


実は、私のお腹の中には、外側から触って分かるくらい大きくなった筋腫と、手術寸前まで腫れ上がった卵巣のう胞があったのです。

なのに、それが全てきれいになったのです!


息子が一緒に天国へ持っていってくれたんだ・・・・。

ありがとう、やすとき。あなたは本当に親孝行な息子だね。


涙を流して喜んでいる私に、先生は言いました。

「でも、次の出産も帝王切開にしてくださいね。あと、次の妊娠まで6ヶ月は待ってください」

私は嬉しくなりました。

こんな高齢な私に、あたりまえのように「次は・・・」なんて言うんだ。

「次」の可能性もあるんだ。

元気が出てきました。


先生の話が終わり、待合室で待っていると、隣に座った若い女性が話しかけてきました。


「母親学級で一緒でしたよね」


ああ、そうだ。そういえば見覚えがある。

彼女も今日、退院なのか・・・。


「もう産まれましたか?」


そう聞かれ、ちょっと戸惑いました。


「・・・残念ながら死産でした」


彼女の顔が曇り、困ったような顔になりました。

ああ、困らせてしまった・・・。


「でも、もう大丈夫ですから」


私はできるだけ明るく振舞い、彼女が呼ばれるまで話をしました。


でも、本当はうらやましかった。

彼女のように、産まれた子供を抱いて家に帰りたかった。


同じ町に住み、同じ病院で出産して、同じ日に退院。

だけど、彼女が腕に抱いて帰るのは赤ちゃんで、私が腕に抱いて帰るのは小さなお骨。

この違いは何なんだろう・・・・。

一度は元気を取り戻した心が、また少し沈みました。

安らぎ

火葬の日の夜は、今までの人生の中で最も安らいだ夜でした。

息子を亡くした悲しみの中、人がこんなにも優しいのだと気づきました。

夫と共に夜遅くまで色んな話をし、その日、はじめて息子の存在に感謝できたのです。


次の日、歩いたほうがよいということで、歩いて病院の売店に行ってみました。

久しぶりの買い物、心が明るくなりました。


そしてその晩、不思議なことがおこりました。

私がいたのは個室だったので、病室のタンスの上に小さな祭壇をつくり、息子の写真とお線香、お供え物を置いていたのです。

しかし、看護師さんから、お線香の煙がスプリンクラーのセンサーにかかってしまうかもしれないと言われました。

それで、あわててお線香を消そうとタンスの上に目をやると、なぜかお線香の火が消えていたのです。

昨日の昼から何度もお線香に火をつけていましたが、消えたことはなかったのに・・・・・。


「息子が消してくれたみたいです」


部屋に来た看護師のKさんに、夫が笑って言いました。


「あら!よかった~」


と、Kさんは微笑み、息子の写真に手を合わせてくれました。

それが嬉しくて、少し息子のことを話しました。

火葬の日、なぜか息子の顔色が良かったことを話すと、Kさんは言いました。


「チベット仏教では、死んだとき顔色の良い赤ちゃんは天国に行けると言われてるんですよ」


意外な話だったので、ビックリしました。

看護師さんって色んなことを勉強するんですね~と聞くと、こう答えられました。


「うちの病院はNICU(新生児集中治療室)がある病院なので、月に5,6人は悲しいお産になってしまうんですよ。

そういった人たちの心にどうやって寄り添えばいいのか、スタッフ全員が話し合ったり、勉強したりしてるんです」


その話を聞いてハッとしました。

そうか、私だけじゃないんだよね・・・。


出産直前に亡くなってしまう赤ちゃん。

出産直後に亡くなってしまう赤ちゃん。

産まれて数日で亡くなってしまう赤ちゃん・・・・・。


なんて命って儚いんだろう。

なんて育つって難しいんだろう。


そう考えると、自分がここでこうして普通に生きているのが奇跡のように思えました。


「天国に行った赤ちゃんにとって、一番つらいのが忘れられてしまうことだと思うんですよ。

ですから、息子さんのことを忘れないでいてあげて下さいね。」


Kさんは、こう言って病室を出ました。


死んだ子の年を数えてはいけないと、昔からよく言われます。

でも、忘れられるわけがないんです。忘れたくないんです。


しかし、SさんもKさんも、「忘れないで」 と言ってくれました。

その言葉はとても温かく、私を安心させてくれました。

看護師さんの話

火葬が終わり、息子の骨を目の前にしました。

思ったよりしっかりした骨。

これは頭蓋骨、これは太ももの骨・・・・と見て分かるくらい立派な骨でした。


あまりに立派だったので、用意した小さな骨壷には入りきれず、一部は白い布に包んで持ち帰りました。

こんなに大きくなってたのにね・・・・。

骨壷をぎゅっと抱きしめました。


SさんとI さんを見送った後、夫がお弁当を買って帰ってきました。

「久しぶりにお腹がすいたよ」

息子を亡くしてから、ちゃんとした食事をしていない夫が嬉しそうに言いました。


夜、血圧を測りに看護師のNさんが来たので、気持ちが安定してきたことを伝えると、Nさんはニッコリと微笑んでベッドの傍らにしゃがみ、話し始めました。


「それはよかったです。とても辛いと思いますが、辛いときは『辛い』と言ってくださいね。

泣きたいときは、思いっきり泣けばいいんですよ。涙をガマンしちゃいけません。


原因はお父さんにもお母さんにもありません。これは運命なんです。

赤ちゃんは、乗り越えられる人を選んで来るんですよ。


赤ちゃんは、たとえこの世に産まれてこなくても何か意味があって来てくれるんです。

必ず何かメッセージを伝えてくれますよ。」


胸がいっぱいになり、涙がボロボロ出て止まりませんでした。

忙しい大学病院の若い看護師さんが、こんなに親身になって話をしてくれるとは・・・・。


それから、Nさんはこう言ったのです。


「やすとき君、とってもかわいいんで抱っこさせてもらいました。

他のスタッフも一緒に抱っこさせてもらって・・・ご両親に断りもなく、ごめんなさい」


ビックリしました。

私達にとっては、たとえ死んでいようと可愛い息子ですが、他人、しかも全く面識の無い人にとっては、単に「死んでしまった赤ちゃん」なのではないかと思っていたからです。

なのに、抱っこしてくれた。

可愛いって言ってくれた。

普通の生きている赤ちゃんと同じように接してくれた・・・・。

そのことが嬉しくて嬉しくてたまりませんでした。


このときのNさんの話は、今でも私達の心の支えとなっています。