2008/10/20 | 遠藤一平のブログ

遠藤一平のブログ

率直に思ったことを適当に綴ってます。極私的散文

本日も撮影~とっとと終わったが、いやー素晴らしい…
邦画は追加撮影やリテイクなど、滅多にやらないが今僕らがやっている体制ではそれができる。 撮影を始めてもう半年たつのにまだ撮影をしていると思うと、ある意味ハリウッド映画並みだと思う。出演している仲間の役者は全員大手事務所所属だというのにプライベートでも友人どうしだからこそできるやり方なのだろうが、撮影でキャストスタッフ全員が揃うと何とも贅沢な一瞬だ。
今回も役者との話し合いからの生じた役者のリクエストが追加撮影につながった。
今の邦画には作品に口を出す役者がほとんどいないというのが問題点であると思う。口を出しすぎもよくないが、意見もなくただ監督のいうことのみを聞いてネジをまかれて動く人形になってしまってはその人間を起用する意味がない。
オンリーワンの良さを引き出すのも監督の仕事だが、何より本人が一番よく本人と脚本の意図を理解し、どんな課題にも本人がベストな状態で臨んでくるのがプロである。役者も映画をど真ん中で制作しているスタッフなのである。
僣越なことを言わせていただくが、自分は意見を言えて、なおかつあらゆる課題の料理が上手にできる役者を育てたい。当世風の流行にのっただけの時分の花でなく、事務所の力と見た目だけで勝負しているような役者とは違う底力と、独創性と、自分の関わるプロジェクトに対して愛情を持てる人達を育みたいと思う。人を育むのは容易ではないが、自分は常時狡い手を使う、ザ放置プレイ…
以前はとにかく何でも細く言いたくていちいち細くいろんなことに口を出したが、役者もあまりに言い過ぎるとある種のSに対してのMになってきてしまう、そこから個の埋没が始まる。個をいかに活かし、なおかつ更に料理していくか、そこが監督する人間の手腕だ、個のいいところを見つけてそこをいかに短い期間で伸ばすかが監督の課題だといっても過言ではないと思う、その人間をキャスティングした以上、その人間を俯瞰から見てディレクションしていくことが仕事だろう、ハリウッド式のやり方ではNGの役者を入れ替えるやり方をするが、それはそれでプロフェッショナルだと思うが、個人的にはそのやり方が好きではない、また日本ではこの先ずっとありえないだろう。なので役者と徹底的につきあっていくしかないと考えている、互いに感覚を共有できるまでつきあっていくやり方を自分は好む(ウザイといい方もいると思うが)。しかしこういうやり方は仕事ではなかなか不可能だ、ましてやテレビやラジオや雑誌に追われているアイドルとなると尚更不可能。
今は様々な役者が自分の作品に参加することで作品一つ一つが勝負の場で「気付き」であってほしいと思っている。
時間と予算と環境の制約が多々ある仕事ではできない、ゆとりのある映画作りが自主制作の醍醐味だ、ものつくりとはどういうことか毎回改めて考えさせてくれるいい契機だ。納得がゆくまで舞台を制作していくのに似てストイックで夢のある作業だ。
映画に限らず言えることだと思うが、個々が考えて一つのゴールに向かうという作業に慣れていない日本人には適度にハードルがある企てを毎回こなして感覚を鍛えていく必要があると思う。
基本的な人間の性質と各々がこの世というステージにどう立てばよいのか理解していくことが人生の半ばまで至る過程で学習すべきことだろう。