おくりびとをようやく見た、最近ようやく見るのが多すぎ | 遠藤一平のブログ

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率直に思ったことを適当に綴ってます。極私的散文

遅ればせながら「おくりびと」を見た
なかなかの映画だった。しかし昔のよくできたNHKのドラマという感じだった。とてもしっかりした映画ではあったが、映像美含めた映画的な夢がなかった。しかし、全体的に優しさが通奏低音の如く流れていてそこがよかった。今いるかどうかわからない理想的な妻に優しい人々。無理な設定が何一つなく、すんなり受け入れられる映画だった。
映画の上映時間が厳粛なる死という現象と人々をパンフォーカスした癒しの時間そのものであった。
主演の本木雅弘の役者としての誠実さに合掌したくなり、GONIN以来モックンが本木雅弘になった。山崎努の相変わらずの演技に見入り、広末の演技にくささを覚えながらああいう奥さんいたらいいなぁと思い…出てくる役者全員がよかった。
学生の時に20世紀ノスタルジアの現場で一緒だった広末涼子がなかなかの演技派に成長してるのを如実に感じ、自分は成長したのか疑問を抱きながら映画を見ていた、あと友人の葬儀を思いだし、何故か友人とそれほど知り合いでもないのに友人の葬儀に来てくれた女の子が葬儀中ずっと自分の手を握ってくれていたのを思いだし、その子は今いい奥さんになっているのではないかなぁーなどと思い出していた。

「おくりびと」は誰もが体験する葬式という彼岸に人をおくりだす瞬間だけを描くことで人生について様々なことを想起させる力のある作品だ、別れた家族の死という隔たりがありながらも静かな再会と絆の再生を描いている。
人生は生き別れか死に別れしかないので絶対に別れは免れず、愛しい別れた者と個人がどうやって絆を保持していくのか問うてくるような作品でもあった。
死は終わりではない、此岸における死は彼岸における誕生である。
依然として科学は人類最大の不安を解消していないが、そのうちに「死」も何かしら解明されるだろう… それは人間のドラマを捨てる時かもしれない。