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いつの時代も、時代や国やコミュニティをけん引している勝者や強者が存在する。
時代によっちゃ、それは政治家であったり革命家であったりするし、俳優である時もあれば作家である時もある。
昨今だと起業家や経営者がそこに名を連ねていることが多い。
まあなんだっていいけど、ざっくり言ってしまえば、彼らは時の人、民衆の憧れであるのだ。
・・・・・・いや、わかるんだけど、そしてそれはそれで間違っていないのだけど。
ただ、我々が忘れてはいけないことがある。
それは。
あくまでも主人公は自分だ、ということだ。
どんなに目立つ社会的リーダーがいようとも、あなたの人生においてそれは脇役なのだ。
リーダーに見えたとしてもあなたの世界においてはあなたという存在のサブリーダーでしかない。
あくまで、あなたの世界においてのリーダーはあなただ。
ここをあまりにも皆、忘れてしまっている。
というか、そんなことはないと無駄に謙遜してしまう。
ところが、それは誤解なのだ。
ああ、残念なお知らせをしよう。
リーダー=立派とか、リーダー=最高とか、リーダー=完璧とかリーダー=成功者とかリーダー=幸せ者ではない。
場合によってはリーダー=落第者とかリーダー=失敗作になる可能性すらある。
どうだ、謙遜するような話じゃないとわかってきただろう。
だが、どうせ私の記事を読みにこられている「選ばれし者」なのだから、リーダーであり、満足度の高い人生の執行者となっていただく。
そのための考え方のひとつが「自分なりの最強になる」というものだ。
最強と聞くとどんな人を思い浮かべるだろうか?
織田信長だろうか、徳川家康だろうか?
ナポレオンだろうか、チェ・ゲバラだろうか?
孫悟空だろうか、モンキー・Ⅾ・ルフィだろうか?
イーロン・マスクだろうか、スティーブ・ジョブズだろうか?
誰でもいいのだが、あなたはそれを思い浮かべた時にきっと、自分は到底及ばない雲の上の人のような憧れに近い思いを同時に抱いているだろう。
憧れは、理解から最も遠い感情だと言ったのはブリーチの藍染惣右介の言葉だが。
なんでもいいのだけれど、自分なりの最強を目指し、実行するのが非常に重要なのだ。
自分で自分のことを最強だと思える瞬間を持ったことはあるだろうか。
別に派手なイベントや時間である必要はないし、他人から評価される必要もない。
実績を残す必要もないし、記録的な何かである必要もない。
むしろ、どっちかと言うと気分の問題だったりする。
すごく気持ちよくジョギングできたとか、なんかむちゃくちゃ整ったサウナとか、すんごいメイクのノリがいいとか、まるでイニシャルDのように峠を攻めたとか、自分史上最高にうまいラーメン屋に出会ったとか、そんなんでいいんだよ、そんなんで。
それを体験している時に、とにかく高揚感がすごい的な。
それって「アタシは最強」とほとんど同じ感覚というかね。
この自分最強感をどれだけ多く濃く自分の人生の中で演出できるか。
人生って割とこれにかかっている。
もう一度言う、高揚感の量と濃さだ。
これが多ければ多いほど充実感の高い人生となるだろうし、幸福度も高いだろう。
これって何を得たらとか、何かを買ったらとか何かになったらとかの話じゃないのだ。
ただ、最強感を体験する、ここなのだ。
そして、気分とか感覚とかの問題なんで何をやりなさいとかの話ではないのが難しくもあり、おもしろくもある。
まあいい、また話そうコレに関しては。
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