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毎月恒例月守ワーク受付中。
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私の友人が後悔しているというLINEを送ってきた。
14年前にしたことに対して
「もっと先のこととか自分のことよく考えて決めればよかった。後悔しちゃうよね」
みたいな話を書いていて。
気持ちはとてもわかる。
あん時もうちょっと考えてれば、あの日もう少し冷静だったらとか。
ここのブログのモットーは「絶対に後悔しない人生にするために」というものである。
ここに含まれている意味としては、「やった後悔」はあまり入っていない。
やらなかった後悔はNGだと思っているが、やった後悔はアリだと思っている。
もちろん100%オールOKというわけではないが、それでもやらない後悔よりやった後悔の方が何倍も素晴らしい。
少なくとも「やった後悔」には経験値が積まれていく。
人生は経験値稼ぎの要素がすごく大きいので、仮に今それを失敗のように感じたとしても、積まれているもの、稼いだものは確実にあるし、その失敗と捉えている今の思考の持ち方を深い学びに変えることはできる。
いろいろ思うところ、言いたいことなどあると思うが、まず考え方を提示。
一般的に、世界には時間があり、過去から現在、未来に向かって流れていると考えられており、過去があるから今があり、それによりこの「後悔」という感情が浮かぶわけだが。
これは時間に対する考え方のひとつであって、事実ではない。
これほんとに重要なんだけどあんまり重要視されないもんだ。
考え方と事実は別モノなのだが、一度そうだと思ってしまうと考え方がそのまま事実のように捉えられてしまう。
違うんだー、過去現在未来の時間の流れがあるとしているのは考え方であり、事実ではない。
事実じゃないからって嘘って意味でも間違いって意味でもない。
映画とか小説とかと同じだ。
映画作品は存在するけど、事実ってわけじゃないと似たような関係性だ。
で、別の時間に関する考え方として、割と物理学方面でよく言われるのが、一瞬の連なり、みたいなものだね。
量子関係でもよく耳にするだろう。
今という瞬間がパラパラ漫画みたいに無限に存在している的なアレだね。
「実在」という意味であればこれは正確に近いと言えるだろう。
人が過去と呼ぶものは常に、データや記憶のことを指しているからだ。
データや記憶が存在しているのは「現在」であり、それは過去が存在しているという証拠としては実は不十分なわけだね。
まあ何言ってんのかよくわからんってなるかもしれんが、要は、常に今しかないし、常に一瞬しかない、これが超客観で言えば実際のところなので、「現在に存在する【過去の記憶】という名前のデータ」をどう扱うかは個人の持ち物とそう変わらない。
捨ててもいいし取っといてもいいししまって忘れてもいいし、好きに改ざんしてもいい(改ざんっていうと悪く聞こえるかもだけど、案外みんなフツーに普段からやってる)
ミニマリスト的時間の扱い方であれば、不必要な過去データはコンパクトにして、今に必要なものだけダンボール一個程度にまとめるだろうし。
汚部屋的時間の使い方であれば、あれも大事コレも大事と思い出や記憶を溜めて今の生活に支障出るケースも結構あるって感じになるだろう。
で、後悔に関してだが。
これはつまり「今の一瞬の位置にある【過去の記憶】というラベルの貼ってあるデータに対する感情」である。
この考え方でいくと、悔もうが懐かしがろうが、浸ろうが怒り狂おうが、所詮、本棚の中にあるアルバムに対してブーブーなんか感想を述べているのと変わらない。
今という一瞬や、未来には大きな影響はないさ。
もちろん今の一瞬のつらなり全部でブーブー言い続ければそういう未来がつらなってくるだろうが。
後悔でムキーーーとなることがあったらぜひ「すっごい後悔してるけど、コレって過去っていうタイトルのアルバムになんか言ってるのと同じなんだよなああ・・・・」と虚無ってみるとよいかもしれぬ。
人生に虚無はつきものだ、虚無は学びだ、悪くない。
今の一瞬を楽しむんだ。
今の一瞬があなたの全てだ。
言いたいことはそこだ、要は。
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