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えー、本日1ドル155円笑
ワガクニがどんどん安くなっております笑
GDPも諸外国にグイグイ抜かれて昨年より更にランクダウンの38位笑
これはだね、台湾、韓国より下なのだ。
かつての栄光はどこへ!
いやーどうしてこうワガコクミンはこうも平和ボケしておるのか。
3S政策が効きすぎじゃないか。
3S政策ご存知ない方はさすがにおらんと思うが、ご存知なかったら速攻ぐぐってくだされよ。
別に危機を煽りたいわけじゃなく、日ノ本の国を死守したいので叫ぶのだ。
ウヨクとかサヨクとかの問題ではない。
単にこの国とこの国の民が世界や宇宙にとって非常に重要な役割を持っているからブツブツ言っているのだ。
なのにこの国の民と来たら自国と自国民を自ら破滅させるような働きばかりだ。
オイオイ笑
というわけで現在この国は諸外国から見てクッソ安い国になっておりましてね。
日本銀行券もどうなるかわからんので常々言っておりますが銀が安いうちに現物で持っとくとよいよ。
自己責任じゃよ、おじさんとの約束だ!
自己責任とか言っては見たけどこの1か月でも目に見えて高くなってるし、自分がウォッチしはじめた頃はまだ1オンス3,000円台で買えたんだよなあ・・・・・
ああ、そんで今日話したいことは等価交換の話だ。
失うものなくして得るものなし。
この真髄についてだが。
これねえ、あんま深く考えないと基本的なところは物々交換的なイメージをしてしまうと思うのだ。
ニンジンとお芋いっこずつ交換、みたいな。
鮭の切り身ひとつと150円と交換、みたいな。
いやもちろんそれが間違ってるとかではなくてだね。
合ってるんだけど、この3次元的な考え方だと、じゃあ何も持ってなかったら何も得られないじゃないかってなるわけだよ。
ステーキ1枚欲しいけどお財布に百円しかないからダメだみたいな。
3次元的な視点が染みつき過ぎていると、結果、よく耳にするアレにつながっていく。
「学歴がないからダメだ」
「スキルがないからダメだ」
「経験がないからダメだ」
「資格持ってないからダメだ」
こういった考え方の裏にあるのはまさに、3次元的ニュアンスの等価交換である。
しかしだね。
これ若干間違っててだね。
実はこの世というのは、4次元的、5次元的なものの方に大きな価値を置いているのだよ。
何を言っているのかわからないだろう。
解説しよう。
例えばじゃあ、わかりやすく富の象徴っぽいんでベンツとしようか。
コレ、ベンツの純粋な物理的な性能だけを購入する人は皆無と言っても過言ではない。
仮に、ベンツSクラスと全く同じ性能、材質、価格の車があったとして、しかしメルセデスではなくアルキメデスというよくわからんメーカーが作ってるパンツとかいう妙な名前の車だったら人は買わないのだよ。
そりゃ世の中には変な人もいるから「俺、アルキメデスのパンツ乗ってんだぜ」とか言いたいがために買う人がゼロとは言わないけどさ。
でも例外じゃん。
つまり、人はメルセデスベンツという「情報」を買っているのだ。
価値という言葉に置き換えてもいいが。
要は、物理的にあるものではなく「感じるもの」に対して代金を払っているのだ。
まあこんなん世の中の全てのハイブランドがそうだよ。
エルメスのバーキンだから百万出す人がいるのであって、同じ商品でもペロメスのボーキンだったら誰も買わんのよ。
情報や価値に対して代金を払うのさ。
そしてそれらは物理的に存在するものではない。
わざとわかりやすくアホな例えを出してみたが、要はモノの価値とは、実際に手に取れるかどうかの部分だけで決まるわけではないということだ。
これを、視点を変えると、モノというものは常に多次元的な要素を持ち合わせており、そのどこに価値が置かれているのかは状況によるということ、という話である。
じゃあ、ド真ん中の話をするが、人間の価値はどこで測られるのかである。
さっきの話をまんま当てはめたら、見た目や履歴書に書かれている部分じゃないなってのはわかりますわな。
人が人を好きになる時、その人柄とか器とかそういった人間性の部分で語るもんだろう。
仮に身長190センチクソイケメン東大院卒年収5千万の男がいたとして中身が愛のないサイコパスだったら愛せるかっつーとんなわけないだろっていう。
人間性と覚悟、愛の如何、その辺りとの等価交換をイメージされるとよいかもしれんですな。
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