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毎月恒例月守ワーク受付中。
25日まで。
今月はおまとめコースの受付月でもあります。
6か月コースなら来年1月末まで有効。
月末にZOOM座談会(軽いセッション)やりますのでスマホをお守りにしてかつ私に何かご相談もできる非常においしい月守ワークこの機会にぜひ。
いやーーーここ数日いろいろ佳境に入ってる感あって非常におもしろい、飛行機飛びまくり輸送車並びまくり笑
備蓄されてますかね?
ちょっと次元上昇のコツみたいな話をしたいと思うのだが。
同じ土俵でものを見ないこと、これが最低要件です。
例えば、数学の勉強するのに国語の教科書は開かないはずなんだよ。
当たり前にコレはみんなやるくせに、普段の世界の捉え方はなぜか全部同じ土俵でやろうとするだろう。
だからすんなり上がりにくい。
そもそも世界は一元じゃないのだ。
一貫性なんかあるわけない。
あっちの人がああ言ってたからってどっかが整合性取ってくれるはずだみたいな期待をそもそも捨てないと次のステージは見えてこないものだ。
唯一の正義や正しさはないというのは散々話している。
その構造においての正義や正しさがあるだけで、構造は無限にあるし、しかも重なり合っている。
一過性の正義や正しさに感情を持って行かれたらアウトだ。
常に自身を多重構造にしておくこと。
これむちゃくちゃ大事なんでメモでもされてください笑
自身を多重構造にするとは、ん-極端な例で話すと、家族間で例えるとだ、あなたが一家のお母さんだったとして。
旦那にする話と1歳児にする話と高校3年の息子にする話は全部、内容も言葉遣いも違うはずだ。
旦那と嫁との間でしかされない話って当然あるし、同じ子供だったとしても1歳児と受験生に同じ話をするわけがない。
それぞれの相手に対して適切な世界観と言葉を用いるだろう。
しかし、その登場人物は全員同じ「家」という構造下にいる。
旦那にとっては仕事が一番重要だったり正義の判断基準があったりするだろうが、受験生のようなテストでいい点とれるかどうかに重要性は持たない。
1歳児にとってはミルクがもらえるかおむつ変えてもらえるかが重要であって、旦那も同じだったら完全に変態である。
このように、家族だったらみんなごく自然に「多重構造」をやってのけるのだ。
社会や人生も同じである。
隣のおばちゃんと同じ世界にいると思うな。
電車で隣に座った知らんオッサンと同じ言語を使えると思うな。
コンビニの前にいる女子高生に正義が通じると思うな。
SNSで知り合った人が正しさを共有できると思うな。
家族ですら共通してないのだから、みんな違うと思っていい。
ただ、それぞれの人間にとって真実や信念はある。
例えば私の世界では霊的な問題は当たり前に存在する。
だから霊的観点から見てどうか、というのは重要課題だ。
しかし、私の身内で霊的問題を扱う者はいない。
じゃあその人の正義や信念に多少合わせるのみである。
それはそれ、これはこれ。
別に理解を求めないし相手の理解も無理にはやらない。
それぞれがまぁまぁ心地よけりゃそれでよしだ。
なんでこんな当たり前の話をするのか。
これの大規模版が次元上昇だからだ。
TVや教育、旧来の常識の世界で生きる人がいるし、そこが絶対である世界は存在するが、そんなものには目もくれない世界もある。
どちらも一見、同じフィールドにいるのだ。
しかし完全に土俵が違う。
擦り合わせをする必要はない。
放置でいいのだ。
冷たいように聞こえるかもしれないが、じゃあ先ほどの話を出すが、あなたがお母さんだった場合、1歳児に高3の受験生の勉強を必死で教えるか。
しないだろう、するわけない。
擦り合わせが必要ないというのはこういうことだ。
そりゃごくまれに3歳とかで超天才みたいな子供はいる。
3歳なのに数学カンペキみたいな子だね、そうなったら遠慮なく擦り合わせはすべきだが。
これと一緒だ。
擦り合わせが可能な相手は必ず自らキッカケを掴み、同じ土俵に来るものである。
擦り合わせにエネルギーを使う必要はない。
それをするくらいならすでに同じ土俵にいる者たちと生産的なエネルギーの交換をすればいいのだ。
グイグイ上がれるぞ。
あなたは一人の人格で存在しているのではない。
いくつもの正義や正しさを内包する存在である、多重的な存在だ。
自己の矛盾の海を堂々と泳ぐがよい。
八方美人こそ本来の魂の姿でいいのである。
一貫性という言葉に惑わされ過ぎないことだ。
それこそ檻に閉じ込めておきたい陣営たちの思う壺である。

