2023. 3. 2 (木) 19 : 00 ~ 福岡シンフォニーホールにて
ラモー:クラヴサンのための小品 (クラヴサン曲集、新クラヴサン組曲集より)
優しい嘆き / 一つ目の巨人 / 2つのメヌエット / 未開人 / 雌鳥 / ガヴォットと6つの変奏曲
ショパン:モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の”お手をどうぞ”の主題による変奏曲 変ロ長調 Op.2
ショパン:ピアノ・ソナタ 第2番 変ロ短調 「葬送」Op.35
ショパン:3つの新しい練習曲
リスト:「ドン・ジョヴァンニ」の回想 S.418
(アンコール)
ショパン:夜想曲 第20番 嬰ハ短調「遺作」
ショパン:3つのエコセーズ Op.72-3 第3番 変ニ長調「遺作」
サティ:3つのグノシェンヌ 第1番
リスト:パガニーニ大練習曲集 S.141より 第3曲「ラ・カンパネラ」
J.S.バッハ:フランス組曲 第5番 ト長調 BWV 816 より 第1曲 アルマンド
先週木曜日に行ったコンサートの話です。
フライヤーにもおっきく載っているように、2021年のショパン国際ピアノコンクールの覇者のブルース・リウさん。私もコンクールの時はライブやアーカイブ配信でワクワクしながら視聴した。そしてたくさんのコンテスタントの演奏を視聴する中で私的にあ~いいなぁ、生の演奏聴いてみたい!と思った方が何人かいて、その中のひとりがブルース・リウさんだった。
こんなに早く福岡にやってきてくださるなんて。しかもソロ・リサイタルで。
自慢じゃないけど最前列で聴きました(←自慢してるww)。視界の妨げがなくて快適!
今回各地でリサイタルを開いたブルース・リウさん。福岡はツアー最終日でした!
まずはブルース自身が今回のツアーについての紹介動画をどうぞ。
ステージにふっと登場したリウさん、シルクのような光沢さる白いシャツに黒のパンツという出で立ちで、おどろいたのが靴。黒の靴がめちゃめちゃピッカピカだった!エナメルの光沢っていうよりもっとピッカピカ。大げさだけどまぶしいくらいでw、演奏始まってしばらくは靴ばっかり眺めてました(←そこか)。
ピアノはファツィオリ・・ではなく、ホールにあるスタインウェイ。彼は各地でファツィオリで弾いていたらしいが、さすがに福岡までは持ってこれなかったのかな。九州もこれからはファツィオリも常備する時代が来るのかもしれませんね
最初はジャン=フィリップ・ラモー (1683-1764) のクラヴサンのための小品。
Jean-Philippe Rameau (1683-1764):バロック時代のフランスの作曲家
(画像はwikipediaよりお借りしました)
クラヴサンというのはチェンバロのこと。私はラモーは初聴きでとっても興味深かった。
今回演奏された小品のタイトルが、ラモーはなんでこんなタイトルをつけたんだろう?という興味もあった。ソコロフさんなどの演奏が素晴らしかったのでその動画とともにわかる限りのことを備忘録として残しておきます。
① 優しい嘆き:クラヴサン曲集第2巻 (第3組曲)より第3曲
この組曲では舞曲名は消え、すべて意味深なタイトルとなっている。
ラモー:優しい嘆き (4分25秒:演奏は3分50秒あたりまでです)
/ グリゴリー・ソコロフ
② 一つ目の巨人:クラヴサン曲集第2巻 (第3組曲)より第8曲
ギリシャ神話に出てくる一つ目の巨人、キュクロプスのこと。父親に嫌われ地底に閉じ込められてしまうが、ゼウスによって救われ、御礼にゼウスには雷を、ポセイドンには三又鉾を、ハデスには隠れ兜を贈るいい神とされている。しかし、別な神話、オデュッセウスの物語では人食いの怪物として出てくる。
キュクロプス (オディロン・ルドン画)
(画像はwikipediaよりお借りしました)
とてもドラマチックな曲でこの作品すごく好きです。
ラモー:キュクロプス (4分30秒:演奏は4分ほどです)
/ グリゴリー・ソコロフ
③ 2つのメヌエット:クラヴサン曲集第2巻 (第5組曲)より第3曲
この組曲の中で唯一の舞曲。ト長調の第1メヌエットとト短調の第2メヌエットの2部構成。
ラモーは後に抒情悲劇「カストールとポリュックス」の中の1曲に転用した。
④ 未開人:クラヴサン曲集第2巻 (第5組曲)より第6曲
後に傑作オペラ=バレ「優雅なインドの国々」に転用され、ネイティブ・アメリカンのカップルが歌う愛のデュエットとなった。フランス語では〝Les sauvages"で、ヘアスタイルのソヴァージュはここから来ている(未開人風の髪型、という意味ですねw)
ラモー:未開人 (2分6秒)
/グリゴリー・ソコロフ
⑤ 雌鳥:クラヴサン曲集第2巻 (第5組曲)より第4曲
コッ、コッ、コッ!というめん鳥の鳴き声そのまんまの描写で始まるこの曲。ただタイトルを知らなかったとしてもめちゃめちゃ魅力的な曲!
ラモー:雌鳥 (4分9秒)
/ グリゴリー・ソコロフ
⑥ ガヴォットと6つの変奏曲:新クラヴサン組曲集第1番 (第4組曲)より第7曲
シンプルなガヴォットに6つのドゥーブル (変奏)が続く。特に第5や第6変奏は激しく情熱的。
務川慧悟さんがエリーザベト・コンクールのセミ・ファイナルで弾いた美しい演奏があったので載せます。
ラモー:ガヴォットと6つの変奏曲 (8分24秒)
/ 務川慧悟
私が感じた意味深なタイトル(第2巻、第5組曲など)について、ラモーは友人あての手紙で、
『私がどうしてこれらの題名をつけたか、あなた自身自由にお考え下さい。』
と書いているそう。聴き手が自由に想像してよい、ということなんだろうな。
前置きがずいぶん長くなったが実際の演奏について。
とてもよかった! 私はどれも実演を聴くのは初めてだったが、チェンバロで聴くのとピアノでは受ける印象が全然違うんだなぁ。個人的にはラモーに俄然興味が沸きまくった
リウさんは間をあけずにそのまま6曲を演奏。
途中からどんどん惹き込まれ、特に最後のガヴォットと6つの変奏曲がすごかった
上に挙げた務川さんの演奏はしとやかなまま終わる感じだが、ブルースの第5、第6変奏の強音はほんとにすごかった たとえが悪いがズドーン!と爆弾が落とされた感じでこんな強音は他の誰とも違う、聴いたことがない。私はびっくりしすぎてずっと心臓がバクバクしていた
こんなに激しい演奏をしたのに終わったらスクッっと立って涼しい顔で舞台袖へ・・・私の心臓はバクバクしっぱなし(ちょっと恐怖感すら感じていたくらい・・)。
前半最後はショパンのモーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の”お手をどうぞ”の主題による変奏曲。
私は今回これを聴くのが最大の楽しみだった。
彼が第2次予選でこれを弾いたのを私は配信で観ていたが、何を弾くのかまでは知らなかったので、弾き始めたときはびっくり!この曲をショパコンで弾く人がいるなんて (まぁ今までも弾いた人はいるだろうけど珍しいのではないかと思う。)
私はこの時の演奏でブルースのファンになりました。その時の映像がコチラ
ショパン:モーツァルトの歌劇「ドン・ジョヴァンニ」の”お手をどうぞ”の主題による変奏曲 変ロ長調 Op.2 (17分)
/ ブルース・リウ (第18回ショパン国際ピアノコンクール 2021年10月)
この作品は、「ラ・チ・ダレム変奏曲」とも呼ばれ、op.2でもわかるようにショパンの若書きの作品。17歳の時に書いたもので本来は管弦楽付きの作品。この作品を知ったシューマンが自ら編集する「新音楽時報」で「諸君、帽子を脱ぎたまえ。天才だ。」と絶賛したのは有名です。
私は管弦楽付きの方のCD (ピアノはヤン・リシエツキ)を愛聴していて特にこの作品が大好きだったので、ブルースがショパコンでこの曲を弾き始めたときはまさに小躍りするくらい興奮したのです
そして実際に聴いた彼の演奏・・期待以上にすごかったー
この作品を書いたショパンもすごいんだけど、ブルースの抜群のリズム感と楽しんで弾いている彼を観ていると視覚的にもどんどん惹き込まれていく。
彼がこの曲をショパコンで弾いた影響なのかその後この曲を弾くコンテスタントも増えてるみたい?だが(昨年ヴァン・クライバーン・コンクールで最年少優勝を果たしたイム・ユンチャンも予選で弾いてましたね)、私は彼の演奏がやっぱ好きだなぁ。
技巧だけをひけらかすのではなくてリズムの波に乗りつつひとつのストーリーを創り上げてるかのよう。生で聴けてめちゃめちゃ満足でした
前半の余韻が残るなか、後半最初はショパンのピアノ・ソナタ第2番「葬送」。
正直私はこの作品そんなに好きではない(第3番の方がずっと好き)のですが、演奏される頻度は高いですよね。反田恭平さんもショパコンの3次予選で弾きました。
ブルースは全楽章を続けて演奏。第3楽章の「葬送行進曲」では行進曲の強音はことさらに強調するように強く鳴らしていた。そのあとの変ニ長調のトリオ部分は辛口に言ってしまえば普通。(あくまで主観ですが) 彼の弱音はこれからもっと進化していく余地があるんだろうと思った。アンコールのノクターン「遺作」やサティなどもそうですが、ハッと息をのむような弱音の美しさというまではもうちょっと何かが足りないかもしれない(ただ席の違いもあるかもしれません)。
ただ裏を返せばまだまだ進化されていくに違いないってことでこれからがとても楽しみ。
私がこの作品やや苦手なのは第4楽章プレストのせい。葬送のあとにこれ聴くとなんか落ち着かない。ショパンは『行進曲のあとの両手のおしゃべり』と表現しているそうだが、これ聴くとなんだか自分の中の潜在的な病的な気質が露わにされるようで苦手なのですもちろんブルースの演奏は素晴らしかった。
次はショパンの「3つの新しい練習曲」。
ショパンのエチュードはOp.10か25が圧倒的有名なので、この3つの~はそれに比べると聴く機会が少ない。私が生の演奏を聴いたのも今回が初めて。私は特に第2番 変イ長調が大・大好き。楽譜も持ってるけどなかなかうまく弾けない
ちなみに私がすごく好きなのはルービンシュタインのもの
ショパン:幻想即興曲~即興曲(全曲)/舟歌/子守歌/ボレロ 他
/ アルトゥール・ルービンシュタイン (1962-65) (SICC-40070)
ブルースの演奏もとてもよかったが、柔らかい音の煌めき具合がもっとあればなぁと思った。でも第3番なんかはコロコロした音が小気味よかった。
最後はリストの「ドン・ジョヴァンニ」の回想。
前半のショパンの「ラ・チ・ダレム変奏曲」と合わせた心憎いプログラム。
リストのこちらはショパンが変奏した”お手をどうぞ”を含め、「ドン・ジョヴァンニ」の色んな場面やアリアなどが盛り込まれていて、とっても豪華なんですがちょっとしつこい気も 盛り上がってきて終わりかな~と思うと終わらないw
ただ技巧的にもめちゃめちゃ難曲というのはわかる(スクリャービンはこの曲(と「イスラメイ」)を練習中に右手を故障した・・とwikiに載ってました)。
ブルースの演奏は圧巻のひとこと。すごかった!
とっても印象的だったのが、最初の方で和音の強打をしたあとにほぼ毎回右手で拳をつくってぐうっ!と握る仕草をしていたこと。これかなり印象的だった。想いがすごく入っているんだろうな。
抜群のリズム感(彼はスポーツマンだそうですが運動神経いいんだろうな!と思えるリズム感のよさ)とこちらが恐怖を感じるほどの強打に次ぐ強打 ピアノの弦が切れてしまうんじゃないかと思うくらい。でもそれがまた爽快でくせになるw 途中彼が発狂しちゃったんじゃないかwと思うほどの熱い熱い演奏でした。 しかも狂ったように弾いてるのにほとんどミスタッチがないのもすんごい。
演奏終了後はスタオベする人も大勢いた(係員の制止もきかず舞台下からプレゼント🎁を渡す熱心な女性ファンもおふたり)。
アンコールは5曲もしてくださったが、たぶんラ・カンパネラで最後と思って弾いたのではないかと思うが拍手が鳴りやまず、5曲目のバッハを弾いたあと、「もう眠たいので~」みたいな両手を頬の下にあてる仕草をしてお開きとなった。
海外では拍手は演奏家へのアンコールの要求とみなされるので、ブルースはそれに応えてくださったんだろうが、個人的には(疲れているだろうし)そんなにアンコールに応えなくてもいいのにな、とちょっと気の毒に思った。
日本人の観客は讃えるために拍手をしているだけでアンコールを要求しているわけではないので律儀にアンコールしなくてよいということをマネージャーやスタッフが彼にそれを教えてやったらいいのに。
ブルース・リウ、彼はきっととても頭がいい方なんだろうと思った。演奏中は音楽にどっぷりと没頭していながらもどこか自分を俯瞰しているようにもみえる。そしてやりたいことが明確に自分の中にあるんだろう。
彼がこれからどんな風にさらに進化していくのかとても楽しみだし、また聴く機会があるといいな!
ところで・・・彼のピアニズムに関して「ひとりよがりの解釈」だとか「インテンポで弾けない」だとか「強音が濁る、音が響いてこない」「技巧をうまくみせかけているだけ」「忖度の優勝者」などくそみそにSNSで書いていらっしゃる人たちをおみかけした。もちろん個人の好みはそれぞれだろうし好き嫌いはあっていいとは思うが、私は彼はどの作品も非常に深く分析して彼なりの音楽を構築していると思う。ただそれは彼に限らずどのピアニストでも同じことだろう。響きや聴こえ方は席によってもだいぶ異なるとも思う。彼らがいう「付け焼刃の技巧」でここまでは弾けないと思う。
ブルースも含め今の若手の国内外のピアニストたちでアイドル並みの人気者がたくさんおられるが、日ごろの地道な相当な努力があっての演奏なのだと思う。「ビギナーのくせに」と言ってミーハー的なファンを嫌う方もおられるが、いいじゃん?それがきっかけでクラシックファン人口が増えるかもしれないし、いいじゃんか。
コンクールで優勝や上位に入って彗星のごとく表舞台に現れた人達に対してやっかみなのかもしれないが誹謗中傷とも思えるひどい言葉 (思うのは勝手だがよくそれを文字にしてSNSであげようと思うよな) にはうんざりする。