2023. 2. 26 (日) 14 : 00 ~ 福岡シンフォニーホールにて
<第32回 名曲午後のオーケストラ>
~巨匠ポリャンスキー魅惑のシェエラザード 革新と絢爛~
ベートーヴェン:ピアノ協奏曲 第5番 変ホ長調 Op.73 「皇帝」
(ソリストアンコール)
ベートーヴェン:エリーゼのために WoO 59
リムスキー=コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」Op.35
第1曲:海とシンドバッドの船
第2曲:カランダール王子の物語
第3曲:若い王子と王女
第4曲:バグダッドの祭り-海-船は青銅の騎士の立つ岩での難破-終曲
(アンコール)
チャイコフスキー:「四季」Op.37a より 10月「秋の歌」(管弦楽版)
ピアノ:小山実稚恵
指揮:ヴァレリー・ポリャンスキー
九州交響楽団
(コンサートマスター:扇谷泰朋)
2015年にロシア国立交響楽団を率いて来日、チャイコフスキーの交響曲4,5,6番を一気に演奏する公演で一躍有名となったヴァレリー・ポリャンスキー氏 (Valery Polyansky; 1949~ モスクワ生まれ)。2019年12月に九響の定演を振って国内オケ初登場となった。
昨年2月の九響の定演にもタネーエフやチャイコフスキーを振る予定だったのが新型コロナウイルスによる入国制限のため来日できず、太田弦氏が代役を務めた。
そして同月24日にロシアのウクライナ侵攻が開始。
モスクワ音楽院の教授なども務めたポリャンスキー氏なので、私は今回はウクライナ侵攻のことで来日キャンセルになるかなと思っていたが、予定どおりの登場となった。来シーズンの九響の11月の定演にも登場する予定となっている。
前半はベートーヴェンのピアノ協奏曲第5番「皇帝」。ソリストは小山実稚恵さん。
小山実稚恵さんのコンツェルトを聴くのは私は2度目で、前回も九響との共演でチャイコフスキーの第1番だった(指揮は小泉さん)。(私は聴いていないが、2015年にも小泉&九響とラフマの2番で共演している)
私は小山さんのソロ・リサイタルも聴いたことがあるが、小山さんのピアノってコンツェルトでより映える、今回そんな気がした。とても華がある。華麗でかつパワフル! 堂々とした弾きっぷりで安定の上手さ。さすが小山さんだなぁと惚れ惚れした
小山さん熱演中~
一方のオケもすごくよかった! 考えてみたらポリャンスキーさんでドイツものを聴くのは初めて。どんな風に振るのかなと思ってたら、これがまたうまかった ポリャンスキーすごし。
こないだのスダーンさんと同じく指揮台なし。譜面台をちょい斜めにピアノの方に向けていて、頻繁に小山さんの方を振り向いていた。
私が最も好きな第2楽章。ピアノが入ってくるまでのオケがめちゃよくてまるで天上の音楽を聴いているようで、もうここでウルウルとなった(ベートーヴェンの緩徐楽章はなんでこんな音楽が書けるの、というくらいほんとに素敵)。
この日はホルンの首席にN響首席の今井仁さん、フルート首席に仙台フィル首席の戸田敦さんがそれぞれ客演されていて、当初の予定ではなく急遽の客演だったようだ。よくスケジュールが空いていて九州くんだりまでよくぞ来てくださったと思うが、このおふたりめちゃうまかった
毎回「皇帝」を聴くたびに思うんだが、第2から第3楽章に入るとこ(その後も同じ場面あり) ホルンが一音を長~~く吹いて伴奏するところ、あれよく息が続くなぁ。
小山さんのアンコールは「エリーゼのために」。このベタな曲を小山さんが弾くとひとつのストーリーになっていて、私のような素人が弾くのとは全く違う曲だ。素晴らしかった。
拍手に応える小山さん
後半は、ニコライ・リムスキー=コルサコフ (1844-1908) の交響組曲「シェエラザード」。
リムスキー=コルサコフの生涯については彼の命日の6月21日に書いたことがあります。
この曲を生で聴くのは2度目。前回聴いたのは2014年9月のドゥダメル&ウィーン・フィルの福岡公演だったので約8年半も前!そんなに聴いてなかったのか~。
「シェエラザード」は、「千夜一夜物語」アラビアンナイトの世界を原作とした交響組曲。
暴君シャリアール王と、彼を最終的に改心させる物語の語り手のシェエラザード妃にそれぞれ、金管楽器とヴァイオリンで旋律をあたえ、各楽章の間をつなぐように演奏されるようになっている。 各々のエピソードは必ずしも原典に基づいておらず、リムスキー=コルサコフがいくつかの話をミックスしたと思しき題名の楽章もあるが、第1楽章(第1曲)の「海とシンドバッドの船」は、原作にある有名な船乗りの物語。
大海原の様子を低弦楽器によるダイナミックな伴奏が効果的で、遠洋航海にも出たリムスキー=コルサコフならではの海の情景の表現ともいえる。
この作品については書きはじめると長くなりそうなので、また別の機会にしようと思う。
今回は演奏などについて。
この作品、好きなんだけど正直ちょっとしつこい気がしてめちゃめちゃ好き、というほどでもない 長いので飽きちゃうときもあるが、ポリャンスキーさんのシェエラザードはすごく惹き込まれました。
私の愛聴盤はゲルギエフ氏のものです
リムスキー=コルサコフ:「シェエラザード」, 他ボロディン, バラキレフ
ワレリー・ゲルギエフ&キーロフ歌劇場管 (2001.11) (UCCP1060)
キーロフ歌劇場管は現在のマリインスキー劇場管のこと。
この演奏はすごいと思う。どっしりしたテンポでまったり、ねっとり、めちゃ濃厚。それでいて色っぽくて第4曲での躍動感、高揚感など最高!
あの宇野功芳氏は『「……メロディックなフレーズは驚くほどゆったりしたテンポで妖艶に歌い上げ、4曲目では人間業とは思えぬほどのスピード感で鳴り響くオーケストラが巨大な音の波となって突進する。」「その濃厚な表現は不気味なほど!」』と評している。まさにそう!
この音盤は何度聞いても飽きない。これ聴いちゃうとマゼール&クリーブランド管のものなんかはあっさりした演奏に聴こえてしまう。
you tubeにもあったので載せときます。
R.コルサコフ:交響組曲「シェエラザード」(46分9秒)
/ ゲルギエフ&キーロフ歌劇場管 (2001年11月)
ポリャンスキー氏の振る「シェエラザード」は、このゲルギエフ盤ぽいものだった。
冒頭のゆったりとしたテンポで始まった金管群のどっしりとした重~い音。もうこれ聴いた瞬間、「あ。これ好き。」と思ったw
コンマスの扇谷さんのソロはもちろん、各楽器のソロがとても素晴らしかったが、私的には特にチェロの山本首席のソロがめちゃめちゃよかった!
この日はチェロが第1ヴァイオリンの対向に置かれてたので(この作品をふまえてのことだろうと思うが)、山本さんの弾くチェロが一層響いてきて素晴らしかった
扇谷さんがソロで弾くときのハープ、前述したN響の今井さんのホルン、仙台フィルの戸田さんのフルートもとてもよかった。いつもの大村さんのフルートの音色とはまた違うのでとても興味深かった。
ポリャンスキーさんはこのロシアものの作品を振り慣れてはいるんだろうが、それでもいつもの自分のオケとは違う楽団を短期間のリハーサルでここまでまとめあげたのはすごいなと思った。彼の棒と一体となっていたオケもブラボーでした。
惹き込まれているうちにあっという間に終わってしまいました。
ブラボーがとび大きな拍手の中、始まったアンコール・・・
チャイコフスキーの「四季」から「10月 秋の歌」。「四季」は元々ピアノ曲だが、管弦楽版に編曲されたもの(ガウク編曲?)。
これを聴き始めた瞬間に私は涙が止まらなくなった。この曲に付けられた詩のことを思い出したからだ。
チャイコフスキーの「四季」はもともと音楽雑誌に毎月掲載される連載物として企画され、それぞれの月の季節感を念頭においたロシアの詩人による詩と合わせてチャイコフスキーの曲が掲載されたもので、10月については、チャイコフスキー『秋の歌』とともに、A.K.トルストイ(アレクセイ・コンスタンチノヴィッチ・トルストイ)(1817~1875)による以下の詩が掲載されている。(ちなみに作者のトルストイはあの『戦争と平和』などで有名なレフ・トルストイのまた従兄の関係(お互いの祖父か祖母が兄弟、姉妹)だそう)(サイトによってはこの詩の作者はA.N.トルストイと書いてあるものがありますがそれは間違いで、ほんとの作者はA.K.トルストイの方のようです)
詩の全文と意訳してくださったサイトがあったので引用させていただきます。(←こちらの記事はとても興味深かったです。詳しく知りたい方はご覧ください)
Осень. Обсыпается весь наш бедный сад,
Листья пожелтелые по ветру летят;
Лишь вдали красуются, там на дне долин,
Кисти ярко-красные вянущих рябин.
Весело и горестно сердцу моему,
Молча твои рученьки грею я и жму,
В очи тебе глядючи, молча слёзы лью,
Не умею высказать, как тебя люблю.
<1858 A.K.トルストイ>
秋。
(黄色の木の葉が落ちて)庭全体に振りまかれ
私たちの庭はすっかり淋しくなってしまった。
木の葉は風を受けて宙(そら)に舞い、黄金色(こがねいろ)に輝く。
その姿は、あたかも、遠く谷の底で、鮮やかな赤色の筆で描かれたかのようだった
そして今は、色あせつつあるナナカマドの実の赤色に、
(その黄金色(こがねいろ)の鮮やかさを) 見せびらかし、誇っているかのようだ。
私の心には(あなたに会えた)喜びと(別れねばならない)悲しみがあり
(私は)声もなく、あなたの小さな手を握り、温める。
静かに溢れでる涙を通して、あなたの目を見つめながら
私は(私が)どんなに、あなたを愛しているかを
(こうして、見つめあい、手を握り温めることより確かに)
伝える言葉を持たない。
ポリャンスキー氏がこの曲をアンコールに選んだ真意はわからない。
でも私は、彼が言葉としては発することができないし、かといって戦争反対や追悼を意味するようなあからさまな曲も演奏することはできない、だけど彼の真意、苦しい心の内、伝えたいことをこの曲と詩に込めているような気がしてならなかった(自分勝手な妄想です。全然関係ないのかもしれませんが)。
この日のお客さんたちがどのように感じたかは分からないが、少なくとも私はそのように受け取った。
山本さんの弾くチェロの物哀しいソロが泣けて泣けて仕方なかった。
万来の喝采を送る客席を名残惜しそうに(そんな風に私には見えた) じっと見るポリャンスキー氏。左右の2,3階席もゆっくりと見回していた。そして深々と頭を下げられた。
・・・私は今回の演奏会については正直とても複雑な心境だった。前回2019年に九響を振ったときの公演がよかっただけに、あのときサイン会に参加したときのポリャンスキーさんがとてもいい印象だっただけに、余計に複雑な気持ちだった。
国内で自分のオケを抱えるポリャンスキーさん自身も辛い立場なのだろうか、とか、それともプロパガンダに洗脳されてポリャンスキーさん自身もプーチンを支持してて単なる外貨を稼ぐためにやってきたのだろうか、など非常に悶々とした。 ソヒエフ氏のように自分の意志を表明してくれたらまだすっきりするがほとんど国内だけで活動しているポリャンスキーさんにとってはそれも難しい状況なのだろうか・・などなど。
でもこのアンコールを聴いてポリャンスキーさんの心の内が垣間見えたような気がした。
言葉を交わさなくても音楽を通じて違う立場の人たちも理解し合えるのではないだろうか。
音楽に領土の問題などは関係ないのだ。
マエストロも今回の公演を通じて音楽を聴衆に届けることがとても素晴らしいことなのだ、ということをあらためて感じたに違いない、なんて非常にえらそーなんですけど、そんなことを勝手に思ったりした。
ほんとはもう行くまいかと悩んだ演奏会だったが行ってよかった。私にとっては非常に印象深い演奏会になった。ポリャンスキー氏がこれからもお元気でおられるように祈っている。
*記事内の演奏中の写真はすべて九響の公式facebookよりお借りしました。
おまけ 「シェエラザード」っていうバラもあるそうですよ~
シェエラザード
(画像はhanahana shopというサイトよりお借りしました)