とあるリモートイベントで「質問」というものをしてみた。

自分らしくなくて「いいのかな?」と思いつつ、えいやと。

 

良い質問だったとは思えなかったし、

もっと違うこと聞けば良かったかなとか後悔しつつも

大変に著名な方に応えてもらえたという価値ある瞬間は残った。

 

人の集まりとかで恥をかいても、

数か月後どこの誰が何をしたなんて誰も覚えてはいない。

 

昔とあるイベントでファシリテイターが「今日、手を挙げて質問して

得する方はどなたかな~?」

 

という促しをしていたのを覚えている。

前に出ることは、結果がどうであれ「得」するんじゃないかって。

自身の世界線をかえるのは実はこうした些細な挑戦なのかもしれない。

 

(3)地獄、極楽という概念は人間の概念であり、我々は破壊と創造、
陰と陽、プラスとマイナス、正と反という風にとらえている。
あなた方の生体エネルギーがゼロになった時に、
いわゆるソウルは自分のし残した事や失敗した事について、
自分自身で裁きを下すのでその状態を、
あなた方は地獄と呼ぶのだろう。そして、輪廻転生を繰り返すかどうかを
、神霊達のアドヴァイスを取り入れながら決定するのである。
決定後は、しばらく自分のレヴェルの光の集団に属す事が多い。
あなた方は、この状態を天国と呼ぶのだろう。

 

 

「自分自身で裁きを下す」

 

閻魔大王なり神なり天使が裁きを下すイメージの中、自分で清算をする

というのは、ハッとなるところですね。

 

地獄は自分が生み出しているというのは生きている時でもそう。

 

最近「原因自分論」に立ち戻るように努力している。

他人が悪いのではなく、全て自分なんだって話し。これについてはまた

後日考えてみたい。

 

今自分がこうしてこの世に生を受ける前に誰か(MSGの中では”神霊”)

と相談していたなんてとても素敵な話しで、漫画や絵にしたい話しだ。

 

どんな課題を胸にこの世に生まれてきたのか。

その大志から今自分はどれぐらいかけ離れているのか?

 

それを知る手掛かりが

 

もし明日死ぬとしたら今何が一番大切か?

 

というもの。これについてもまた後日考えてみたい。

 

クラシック音楽はマジで体に良いのかもね。

 

片道45分の徒歩通勤時、メンタリストや中田やひろゆきの動画を聴いていて

勉強になるし、面白くていいんだけど、やっぱり疲れるんだわ。

 

それで、なんとなくベートヴェンとか検索かけて

操作が面倒なのでできるだけ長いのを選んだ(交響曲全集とか)

 

クラシックってサビ(?)がつまらなくて眠くなるような曲も多いんだけど、

なんともその音の重なり具合が美しすぎて感動する局面がそこかしこにあって

いつしか

 

次の休みはあれやろう!

 

なんて、楽しいこと楽しかったことがたくさん浮かんできて

ハイテンションとはまた違うもっとワクワクする「楽しい」という感じがかなり

長く持続できた。

 

勿論、全然疲れない。

壮大なオケの時には外の景色も壮大に見えるし、木漏れ日が美しく感じたり

感性が開くというか。

 

CDになっているようなオーケストラは最上の音楽教育を受けた

プロ中のプロが長い年月をかけて研鑽を積み上げ、指揮者により練りこまれた

最上の音の結晶なんだよね。

 

土台がしっかりした良きもの、電子音ではないアナログの響き。

心と体に良い音楽畑からの収穫物を堪能しています。