目標の細分化を用いて新たに試していた

 

・少しでも体に良い食事

・少しでも空いている時間を有用なことに使う

・お金の無駄遣いをやめる

 

 

花開いてきました。

 

最初はトマト一つ食べたらOKとか。

 

帰ってからすぐ本を一行でも読む(帰ってからすぐできるかどうかがポイント)

 

買い物の際に一瞬でいいから立ち止まって本当に必要かどうか考える

 

1日に1回でもそれができたらその日はそれで完了というレベルで20日間

毎日トライアルし、進捗を記録し続けましたが、

 

【変化してきたこと】

 

・買い物の仕方が明らかに変わった

・野菜や海藻などちょいちょいカゴに入れるようになった

・空いてる時間の活用に抵抗が減ってきた

 

 

体感として「これいける!」と思いました。

 

ほんの少しでいい、波状に毎日やることで、山が動く。

蟻のひと穴からダムが決壊する。

 

自分がどんどん変わっていくことが最近楽しくてしょうがない。

 

壮大な目標は今すぐやめましょう!

 

テーブル一拭きできたら今日の掃除は終わり。

ただし毎日やること

できたかどうかだけの記録(〇か×かでよい)をエクセルにでも作る

毎日できるなら確実に広がっていく

 

「嘘」とはなんぞや

 

「なんだろう、嘘つくのやめてもらっていいすか?」のひろゆきが仕事上で相手を

詰める時というのはどういう時かというと、事実ではない報告をしてきた時だと。

 

なぜかと言えば、業務上嘘を付かれると、今何が実際に起きていて、どのように

対処すべきかの正確な情報があがってこないから。それならまだ「分かりません」

と正直に報告してもらうか、本人のミスであることを真っ直ぐ伝えてもらったほうが

正確な対策が打てるのだと・・そのような話しだったと思う。

 

これはまったくもって同意で、あなたのミスかどうか責めるとか責めないとかよりも

事態は「結果に対してどのように対処するか」に既に移行していて、

必死な言い訳とか押しのけて、実際に何があったぁ!を速攻知りたくなる上役が

多いのではないかと思う。

 

しかし、部下としてはなんとしてでも自分は悪くなかったで取り繕いたいし、

自分の評価が下がるような報告はしたくない。でも噓がばれて矛盾だらけで

「あいつは信用されない」と最終的に思われてしまうよりは、正直に洗いざらい

報告したほうが周囲もヘルプできるし、対処も正確になるし、

あの人は無能だけど、虚偽報告しないから安心ということで、職場の場所も

確保されるとかあるのではないだろうか。

 

自分もたいへんな嘘つきで、息を吐くように嘘がでるのですが汗

半ば自動的に口からスラスラ出てしまい、後から「なんであんなこと言ったん

だろう」と後悔したり。話しの辻褄を合わせようとしてくだらない嘘をつく。

でも言っている時は半ば自分でもその嘘を信じたいみたいな心境に

なって、お芝居の俳優みたくなっていたりする。成り切っているという状態。

 

しかし、意識のどこかで「それ嘘じゃね?」と看過している部位がある。

年を経るごとにその部位が弱くなっているのを感じる。

老化という意味ではなく、嘘の積み重ねにより弱くなってしまった感じ。

 

人は筋トレには励むが、嘘を嘘と見抜く部位は鍛えない場合が多い。

この部位が鍛えられると、他人の嘘にも敏感になれるんじゃないかと思う。

よく騙されてしまう人は、「嘘の匂い」に鈍いのかもしれない。

 

おっとそろそろ出勤の準備をせねば・・(嘘じゃありませんw)

嘘の話しって、個人、社会、世界を含む広大なテーマでまたネタが無い日に

続きを書いてみたいと思う。

 

 

 

 

 

 

 

日記の振り返りを28日間、毎日やってみました。

3行日記だから薄いなぁと思いつつ、それでも気付きが0じゃないので、

「記録の力」ってのは本当かもね。

自分が自分に教える。これが最高の先生であり、メンターじゃない?

なんて思うのでした。

 

 

【日記を振り返って気付いたこと、思ったこと】

 

 

・学びが中途半端で深い物が少なく、ちょっとした気付きでご満悦になっている

・自分がしようと思ったこと、その時々の考え方、感情を記録しておくと

 情報となる気がする。三行日記にそれが足りない。日記以外に作ったほうがよいか?

・嫌な思いをするのは女性との関わりにおいてが多いかもしれない

・数年前まではいろいろなことを一気に連結させて忙しくしていることを「充実した日」と

 考えていたのだな。悪いことではないが今は違う形になった

・Aさん、B、Cさんという人物名がクルクルしていることが多い数年間。広がりがない。

 

・ちょっと何かに気付いた程度で、その後も全てそれでうまく行くように錯覚してしまうこと

 が多い

・昨日のことのように覚えていることも、うかうかしていると6~7年たっている。

 人生はあっというまだ。

・Aさんがどうのこうの誰それがこうだった。合間にどこそこ行った、体調がどうのこうの

 と日記の中に未知の要素が少ない。

・何かやばいと思えることが起きても、だいたいなんとかなり、それは必ず終わりを迎える

・他者を評価したり、けなしたりを繰り返しているが、何年もたって見直すと無意味なこと

 ばかり

・ずっと昔から将来の展望だの、転職だの、あるべき生活だの生き方だのをずっと

 「考察」ばかりしていたように思う